葬儀

長いお経の間に故平松秀男氏「平まっちゃん」との思い出を辿りました。

<今日の表紙>展示されていた仕事での故人愛用のドライバー
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一昨日の通夜に続いて昨日は平安会館東名斎場で僕の長年の友人で、弊社での僕が社長時代、専務として一緒に会社の経営をしていた故平松秀男氏の葬儀に臨みました。DSC03678
斎場の外の花壇にはアベリアが咲きほこっていました。DSC03679


祭壇の中央で彼の遺影写真が笑っていました。DSC03685


早めに着いたので控室を覗くと一昨日持っていった僕のブログから取り出した写真が早速飾られていました。DSC03681
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そのそばには、故人への会社からの感謝の言葉がありました。DSC03683
そして、後輩からの似顔絵のプレゼントです。DSC03684


控室で開式の時間を待っている間に、故人のかっての釣り仲間が故人たちが釣り上げた魚を前にして特異なポーズをした故人の写真を持ってきてくれました。DSC03687
早速「お別れビデオ」の素材として追加しました。

葬儀が始まりました。

故人は三重県津市の出身ですので、真宗高田派での進行です。

お経が結構長いので、その間、故人の遺影写真を見ながら故人との思い出の世界に落ちて行きました。

故人との出会いは、昨日も書きましたが僕が23歳の時に大学を出て就職した会社でした。

彼は会社の寮の先輩でしたが、同じ歳で高校でのバドミントンの経験者ということで、すぐにお付き合いを始めました。そして、春日井市の第1回、2回のバドミントン選手権大会では2年連続彼と僕とのペアで男子ダブルスで優勝しました。

バドミントンの仲間たちは彼を「平まっちゃん」と呼んでいました。

そして、27歳の時に別々の理由で会社を辞めて、しばらくして僕が住んでいるところに遊びに来た時に中日新聞の求人広告で弊社が載っていることを偶然発見したことから再び故人との縁が復活しました。

30代で僕が社長、彼が専務となり会社を経営していくことになりました。

まだ、僕はバドミントンをしていますが、彼は写真でもあったように趣味は釣りとなりました。

でも、バドミントンの話をすると、津での高校時代のバドミントンの同級生2人も通夜、葬儀に来てくれました。彼の同級生は5人いて最近まで交流が続いていたとのことです。

余生を楽しんでいる最中に、筋萎縮症という難病に襲われて68歳で永眠しました。

長い間、仕事のパートナーとして苦楽を共にして会社を盛り立ててくれました。

バドミントンが取り持つ縁で人生がお互い輝きました。

  バドの縁大きく育ち人生を輝かせたぞ「平まっちゃん」と

「平まっちゃん」ありがとう!

葬儀後に昼食を食べて勝川のマンションに帰ると久しぶりにお天気が良くなっていました。DSC03688


彼は生年月日が10年前に亡くなった僕の妻と全く一緒でしたので、3月8日は2人の顔が思い出されます。

笑っている姿がとっても素敵な「お別れビデオ」の最後の「平まっちゃん」でお別れします。DSC03672


今日の曲は、浜田省吾 悲しみは雪のように

釧路つれづれを中断して、長年の友人で仕事のパートナーだった平松氏の通夜に駆け付けました。

<今日の表紙>通夜の最後の喪主挨拶の前に流れた故人の「お別れビデオ」の最後
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昨日は、僕の友人で、仕事をしているときの長年のパートナーだった平松秀男氏の通夜でした。

ということで、一時釧路つれづれを中止して、新千歳空港経由で釧路からセントレアに帰ってきました。

釧路空港では曇りでしたが、DSC03648
セントレアでは強い雨の中の着陸でした。DSC03667


家に2時頃に帰って、平松氏との思い出がブログに出ていないかをチェックしました。

一番良かったシーンは2012年12月26日の弊社の忘年会のシーンでした。051
真ん中が平松氏です。

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早速、通夜に出かける前にプリントアウトして持っていきました。

平松氏とは、僕が23歳からのお付き合いです。同じ会社で同じ年で最初はバドミントンのペアでした。そして、弊社に一緒に入り、30代途中から僕が社長、彼が専務として60歳まで会社を経営してきました。

彼は優秀なエンジニアでした。難題も、嫌そうな顔をせずに飄々とこなす彼に僕はいつも助けられてきました。

最近は、お互いに仕事から遠ざかり、余生を楽しんでいる最中の訃報でした。僕と同じ68歳でした。

  飄々と難題こなす仕事ぶり余生途中で平松氏逝く

6時からの通夜に5時頃駆けつけると、昔馴染みの人たちが集まって彼を取り巻く楽しい話で1時間が過ぎました。DSC03668


喪主の挨拶の前には、彼の写真がちりばめられた「お別れビデオ」が流れました。DSC03669
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ビデオを観ていると僕のすぐそばに元気な彼がいるようでした。

今日はこれから葬儀です。

やっぱり、満面の笑みを浮かべているこの写真でお別れします。DSC03672


今日の曲は、サザンオールスターズ ピースとハイライト


生前葬もいいね!&爽やかな朝で6月がスタートしました。

<今日の表紙>昨夜のNHKニュースでのコマツ元社長安崎暁さん(81)の訃報
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昨年12月に生前葬で感謝を伝える安崎元社長です。DSC01780

末期がんを患っていて、延命治療をしなかったとのことです。生きている時(話ができる時)に多くの人に感謝したいので生前葬を行ったとのことです。

末期がんで余命数ヶ月と宣告された時や、僕が昨日のブログで書いたように生誕30000日を達成したおめでたい日に生前葬(感謝の集い)を行うのも、僕の選択肢のヒントになりました。

  人生を楽しく生きて死ぬ前に感謝の集い出来たらいいね!

豪雨で幕を閉じた5月でしたが、6月はさわやかな朝で始まりました。DSC01785

しかし、日の出の位置には雲がたなびいていています。DSC01787
そんな中、太陽がほんのちょっと顔を出してくれました。(4時48分)DSC01788
ミニ煙食が始まりました。DSC01791
するとすぐに雲が覆いかぶさってきました。DSC01792
一瞬太陽が隠れたかと思ったら雲の上から本当の日の出が始まりました。DSC01796
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久しぶりのまぶしい日の出です。DSC01800
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天気予報によれば、日曜日まではいいお天気が続き、来週には梅雨入りしそうです。

日の出の位置と反対側を見ると、お月さまがとてもきれいでした。DSC01809

今朝のお月さまでお別れします。DSC01808


今日の曲は、KOKIA ありがとう





八幡浜の人たちに愛されて旅立ちました。故清水俊三(株)サンリード代表取締役会長社葬(しまなみ海道経由八幡浜)

<今日の表紙>故清水俊三会長の遺影写真と祭壇
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昨日は、朝早く勝川を出発してしまなみ海道経由で八幡浜へ向かいました。

新幹線の車窓からの木曽川です。DSC01649
そして、長良川です。DSC01651
曇り空の中、伊吹山もきれいです。DSC01655


福山駅からは、しまなみライナーに乗り今治へ向かいます。福山駅前のバス乗り場への通路はバラがきれいです。DSC01667
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しまなみ海道はいろいろな橋が架かっていて飽きさせません。DSC01675
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サイクリングで多くの人が楽しんでいます。DSC01682
オオキンケイギクが満開です。DSC01674
来島海峡大橋を渡ると今治市街に入ります。DSC01690
そして、今治からは友人と一緒に高速道路で八幡浜へ向かいました。石鎚山がきれいでいた。DSC01700

勝川駅を6時頃出発して、八幡浜には12時30分ごろに到着しました。

13時から、僕が社長時代から大変お世話になっていて、先日お亡くなりになった(株)サンリード代表取締役会長故清水俊三様の社葬が大勢の方々の出席で執り行われました。DSC01701


開式の前に、ビデオの放映があり、故人のお元気な姿が映し出されました。DSC01704
ご夫婦でのゴルフの時のショットです。DSC01705

友人代表の心温まる弔辞の中で、故人は還暦でゴルフのシングルプレーヤーになったことを紹介していました。大変な努力家で、意志の強さが際立っていました。

ご長男で清水英行(株)サンリード代表取締役社長の御礼の言葉です。DSC01709
故人からは、仕事ではイエス、ノーをはっきりして行うように指導されてきました。これからも、故人の教えを尊重しながら頑張って行きます。

  仕事ではイエスかノーをはっきりと決めて行う俊三イズム

享年79歳での旅立ちです。合掌

故清水俊三会長の遺影写真でお別れします。DSC01703


今日の曲は、清水会長の得意な歌 内山田洋とクールファイブ そして、神戸








at once【すぐに、直ちに】&「商いは一方的に運ぶ」 やっさんのモットーです。((株)マルハチ故八十嶋社長社葬)

<今日の表紙>故八十嶋社長の等身大パネルとの2ショット
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昨日は、11時から平安会館中村斎場で5月16日に79才で亡くなった元双葉(株)前(株)マルハチ社長の八十嶋保さんの社葬が執り行われました。(密葬は5月19日DSC01045
きれいな花祭壇の中心に八十嶋社長の遺影が置かれています。DSC01057
別室には思い出の写真や愛用のゴルフクラブなどが展示されていました。DSC01049
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開式に当たりお別れビデオの放映です。DSC01058
その後、略歴の紹介があり、葬儀委員長の日本セレモニーグループ神田会長の式辞がありました。DSC01062
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八十嶋社長、通称やっさんとの付き合いは48年の長きにわたっています。彼は根っからのあきんどで、神がかりの行動力を発揮して激動の時代に立ち向かい今日の成功を築きました。

やっさんのモットーは、「at once」すなわち直ちに行動する。いいと思ったことはすぐに取り掛かるということです。それにまつわるエピソードを1つ紹介します。

今から20年ほど前、やっさんから1本の電話がありました。これからデトロイトに霊柩車を買いに行くので、神田社長発注してね。突然のことです。当時双葉は霊柩車の販売はしていませんでした。英語もしゃべれない。デトロイトには行ったこともないやっさんです。「商いは一方的に運ぶ」というやっさんの信念の元、見事に霊柩車を買うことに成功しました。

2ヶ月前、一緒にカラオケを歌ったばかりでしたが、亡くなる1日前にお見舞いに行って、手を握ったのがやっさんとの最後でした。

神田会長の式辞の後に、お別れの言葉を3名の方が述べられました。

八十嶋社長と生年月日が同じ友人の吉村建築事務所の吉村会長です。DSC01065
東海アド・エージェンシーの今田会長です。DSC01066
最後は八十嶋社長が創業して発展させた双葉の大河社長です。DSC01067
大河社長は6年前に八十嶋社長と初めて会った時にのエピソードを語ってくれました。

生ビール10杯のんでもケロッとしているので驚きました。そして、50年前に縁日の屋台で数珠を売っているのを見た瞬間にこれから葬祭に使うものの販売をしようと行動を直ちに起こしました。

神田会長の式辞のエピソードと通じるものがありますね。

その後、献花があり喪主代理の小田さんとDSC01075
施主の(株)マルハチ藤川社長の謝辞で閉式となりました。DSC01077


続いて、別会場で食事会です。DSC01091
神田会長の献杯で始まりました。DSC01090
やっさんとの思いでを楽しそうに語る友人としての神田会長の顔が印象的でした。DSC01085
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神田会長もやっさんのモットー「at once」&「商いは一方的に運ぶ」を大切に行動している人物だと感じます。

  アットワンスすぐにやること心掛け商い続けやっさんは逝く

和気あいあいの中、マルハチの藤川社長の中締めのご挨拶でお開きとなりました。DSC01093


やっさんを天国へといざなうかのような今朝の日の出の太陽でお別れします。(4時48分)DSC01115
今朝の太陽は、気のせいか、やっさんの顔の輪郭のようです。

今日の曲は、やっさんがよく歌った 霧島昇 誰か故郷を想わざる
作詞は西條八十です。

明るく、元気に、前向きに生きて旅立ちました。故圡田美子名古屋平安閣グループ前会長葬儀(6月4日、5日)

<今日の表紙>故圡田美子前会長の等身大パネルと2ショット
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6月4日、5日は、平安会館東名斎場で名古屋平安閣グループ前会長の故圡田美子様の通夜、葬儀が執り行われました。DSC00341
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斎場入り口には、故人が愛したご自宅の門を復元してお客様をお迎えしていました。DSC00398


僕は4日の通夜の前、3時から5時まで近隣ご友人のための時間を用意していただいていましたのでそちらの時間にお伺いしました。

斎場のいたるところに故人の思い出の写真が飾られていました。DSC00323
ご自分で書かれた年賀状や絵葉書もいっぱいです。故人は僕と同じ卯年生まれです。DSC00316
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美しい花祭壇の中央に故人の遺影があります。DSC00327

遺影写真も5枚ほどがスライドショーで変わります。DSC00382
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昨日は12時半から大勢の会葬者にお集まりいただいて葬儀が始まりました。御導師様入場の前にお別れビデオが流れました。DSC00377
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そして、御導師様たちが入場してお経を唱えれられました。DSC00384


その後、葬儀委員長の平安閣グループ田代社長がお別れの言葉を述べられました。DSC00386


多くの方たちの焼香が終わると、喪家を代表して喪主で故人の長男 圡田直樹様からの御礼の言葉がありました。DSC00393
母は常に明るく、元気に、そして前向きに生きてきました。すい臓がんでの闘病生活の10ヶ月の間も10回ほど1泊以上の旅行に行って楽しんでいました。いつも前向きな母に対しては感謝の気持ちでいっぱいです。

大勢の人達に送られて東名斎場を後にしました。DSC00396


故人は、生前、闘病中にもかかわらず、なんと6種類ものお別れの言葉を書いていました。DSC00399


地域の皆様、ご近所の皆さまへ

同窓会の「のしろ会」「たけのこ会」の皆さまへ

平安閣グループの皆さま、お取引様や協力会の皆さまへ

仕舞や謡曲のお稽古を一緒にしていただいた皆様へ

全国冠婚葬祭互助会連盟(全互連)の皆さまへ

いとこの会の「むぎの会」の皆さまへ

全部読みましたが、故人の温かい思いやりの気持ちがすべてのお別れの言葉に溢れていて感動の涙を禁じえませんでした。

  大勢に笑顔振りまき前向きに楽しく生きて天国へ行く

故人が天国へ昇って行くような、今朝の日の出の時のまっすぐに昇って行っている煙突の煙が印象的でした。(4時48分)DSC00420


2011年6月17日のアユ料理をご一緒に食べた時の懐かしい故人との2ショットでお別れします。012
楽しい思い出の数々、ありがとうございました。 合掌

今日の曲は、故人がとてもお上手だった歌 美空ひばり 川の流れのように




やっさん(双葉(株)八十嶋保 前社長)さようなら!長~い間ありがとう!

<今日の表紙>双葉(株)八十嶋保前社長の遺影
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昨日は、朝早く姫路を後にしました。DSC09737
17日に亡くなった双葉(株)八十嶋保前社長の葬儀に参列するためです。

会場は、僕の住む春日井市の平安会館春日井中央斎場です。DSC09757
8年半前に僕の妻の葬儀をした斎場です。

突然の訃報を聞いて、ただただ驚いていました。

祭壇と壁には多くの供花が並べられていました。DSC09744
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八十嶋家の家紋です。DSC09743


八十嶋さんはお客様の多くから、「やっさん」の愛称で親しまれていました。

一代で、双葉(株)を創業して発展させて、自分は平成27年12月から(株)マルハチを設立して新事業を軌道に乗せる最中のことでした。

この7月29日で満80歳になるところでの逝去でした。

とにかく、仕事しか頭になく、亡くなる直前まで仕事のことを話していたそうです。

仕事と遊びが一緒のような人生を歩み、独特の営業スタイルで多くのお客様から愛されてきました。

僕も、13歳以上の年の差がある中、やっさんに学ぶことが多くありました。

いいと思ったことはすぐにやる。軽いフットワークでいろいろなアイデアを実現してきました。

失敗談も多くあり、独特の風貌が醸し出す雰囲気の中、やっさんだから、仕方ないな、はっはっは!と親しまれていました。

葬儀前に「お別れビデオ」が流れました。DSC09745
その中でも、懐かしい僕も入ったゴルフコンペの写真が出てきました。DSC09749


30年ほどの長~い時間を楽しませていただきました。

僕のブログにも再三登場しています。そのときの懐かしいショットの数々をどうぞ!
2012年1月21日サイパンで006
2011年10月蘇州寒山寺での寒山の画の前にて047

2011年11月中京ゴルフクラブにて010
2011年10月中国の商丘の双葉(株)の工場にて029


葬儀前の受付で配られた「来し方」に載っていた写真でも、やっさんの後ろに僕がいました。DSC09760


導師が入場して葬儀が始まりました。DSC09752
焼香の後に喪家を代表して八十嶋勉さんがやっさんの最後のエピソードを交えて謝辞がありました。DSC09753
入院して2回もうだめだと家族が集まって来ましたが、本人はケロリとしていました。さすがに4回目に安らかに逝きましたが、最後まで仕事のことを話していて、父らしい最後でした。DSC09755


販売する商品は違いますけれど、営業の大先輩だった、やっさんとのお別れはさびしいものです。(後日お別れの会の予定あり)

数えで80歳という、自分の名字通り(八十嶋)の寿命を全うしたやっさんの人生を祝福します。

  数々のドラマを作り楽しんでやっさんやっぱり八十で逝く

なんとも言えない表情の温泉でのやっさんでお別れします。DSC09761


今日の曲は、KOKIA ありがとう














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