ゴルフ

「地球ゴルフ倶楽部」夏坂健著のあとがき「ホプキンスの涙」はいいね!

<今日の表紙>マスクをしたJR勝川駅バス乗り場前のサボテンモニュメント
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左から春代、日丸、井之介です。頭をたどると春日井になります。(笑)

ゴルフを10ヵ月もやってない僕ですが、先日「地球ゴルフ倶楽部」夏坂健著の再読を終えました。012


やっぱり、ゴルフというゲームは面白いです。数々の名勝負やエピソードや550年以上の歴史を刻んでいることを実感できて良かったです。

夏坂健がこのエッセイのあとがきで書いていることが心に残りました。それをご紹介します。
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ハリウッド界隈の富豪たちが、陽気な口調で「ビッグロック・キャンディマウンテン」と呼ぶロサンジェルスCCほど立地条件に恵まれたコースもまれである。そう、ティファニー、マグニンといった世界最高級の店が並ぶウィルシャー・ブルヴァードから2番アイアンで届くゴルフ場を想像していただこうか。たとえばここの18番ホールで、もし人間離れした飛ばし屋が右手の返しを忘れたならば、ボールはビバリー・ヒルトンに命中しないまでも、おそらく超豪華なアラブ首長国連邦の殿下別荘を直撃、物議をかもすかも知れない。厳密にはフィフス・アベニューに沿って38番通りから80番通りまで、実に250エーカーの広大な土地を占有する。わが国でいえば銀座から京橋を超えて日本橋の先までゴルフ場というわけだから途方もない話だ。
 さて、毎年春になると、決まって50人ほどの大物メンバーたちが「ホプキンスの涙」と呼ばれるコンペにやってくる。かってウォール街にあって辣腕をふるったトーマス・ホプキンスが亡くなって10年、これは彼の意志を継ぐためのコンペである。
 生前のこと、彼の乗るリムジンが黒人少年をはねてしまった。幸い生命に別状はなかったが、少年の運ばれたスラムの病院のみじめさにショックを受けた彼は、信じられない大金を投じて病院と託児施設を新築、そっくり寄付する。この善行はひた隠しにされたが、彼の急逝によって資金援助が途絶え、運営困難のニュースと共に経緯が明るみに出てしまった。
「おれにだって、涙の1滴ぐらい残っているさ」
 家人にそう呟いたと聞いて、たちまちメンバーが立ち上がった。そのコンペは「ホプキンスの涙」と命名されたが、さらにユニークな競技法が定められた。ラフに打ち込むと罰金100ドル、脱出できなければ打数ごとに100ドルが加算される。同じようにバンカーもスリーパットもOBも、さらには自分のハンディから上下に飛び出した打数までが罰金の対象となった。かくして1991年のコンペでは、実に邦貨3200万円のペナルティが集められた。彼らは賭けゴルフを嫌う紳士揃い、しかし、この日ばかりは派手に大叩きしたあと、喜々として小切手にサインするのだった。
 
 もしゴルフがスコアだけのゲームだとしたら、記録に残るだけでも約540年の長きにわたって、かくも人々を魅了し続けることは不可能だったに違いない。なぜ人はゴルフに熱中するのか、その答えを求めて資料漁りの旅を続けているうちに、いつしか私は花咲き乱れる楽園の中に立っていた。この「ホプキンスの涙」にしても、あるいはここに収録した多くの挿話一つ一つが、私の求めていた答えなのである。ゴルフの素晴らしい世界にお誘いできた私は本当に果報者、ご愛読に心から感謝申し上げます。    
     (1994年4月)
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  ゴルフには人を動かすパワーありコロナショックにもホプキンスの涙

先日、松山英樹と石川遼が2人でコロナ禍でのゴルフマナーを披露してそこで使用した道具をチャリティオークションに出してその収益金を医療従事者の方々へ寄付すると言う事がニュースで流れました。

今や、ゴルフの歴史は550年以上の長きにわたります。これからプロゴルフも再開されます。

数々の名勝負が演じられて、僕たちを興奮させてほしいです。

昨夏大ヒットしたハンディファンでお別れします。DSC09642
今年はヒットするかな?

今日の曲は、スガシカオ はじまりの日

ゴルフのグローブの歴史は面白いね。「地球ゴルフ倶楽部」夏坂健著

<今日の表紙>再発行された僕のETCカード
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先週の金曜日に紛失したと思って再発行してもらったETCカードが1週間後に届きました。カード会社の処理はアベノマスクと違ってスピーディーですね。アベノマスクはまだ届きません。

今、再読している本は、僕のゴルフのバイブル「地球ゴルフ倶楽部」夏坂健著です。(1994年著)012


僕のブログでも僕がルフをする前にたびたびその内容を紹介しています。

今回は、ちょっと面白いグローブの歴史について紹介します。

夏坂健は、プロローグ、本編、エピローグという文面で本編はもちろんですが、プロローグやエピローグもとってもセンスが良くて笑えます。

では、サブタイトル「面の皮ほど厚からず」での抜粋です。
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いつ、どこで始まったものか、発祥
の論議は別として、1457年のスコットランド議会議事録に「Golf」の文字が初登場、これがゴルフに関する最古の記録とされている。以来500年余年、膨大な記録が書き継がれたおかげで、その気さえあればたいていのことは学習可能である。数多い競技の中でも、ゴルファーの必需品ともいえるグローブ、キャディバッグ、スパイクの3点についてだけ、なぜか詳細な記述に乏しいのだ。用具に関する著書をめくってみても、あらかたクラブとボールの話ばかり、先の3点は刺身のツマ程度にしか扱われていない。これぞゴルフ史の盲点、そう気がついてにわかに調べる気になった。
まずグローブ。そう、ミステリーに溢れたゴルフの世界でも、とりわけ不可解な存在、それがグローブの出現だ。
試しに生まれて初めてクラブを握る人の手元にご注目あれ。グリップの方法さえ知らない超初心者が、なぜかグローブだけは装着済み。つまり、「ゴルフはグローブをはめて行うもの」とする固定観念が広く浸透したと見て間違いないだろう。申し遅れたが、私はミスを打ち続けてきた30年このかた、ただの一度もグローブをはめたことがない。・・・・・
もちろん、するしないも個人の自由、メーカーに恨みがあるわけでもない。ただ、素手派からすると、エイズ予防の立役者と遭遇したしたような隔靴搔痒(かっかそうよう)をおぼえるだけの話である。(隔靴搔痒とは足が痒くて靴の上から掻くように、核心に触れることができずに歯痒く思うさまを意味する言い回し)

1700年代の初め頃、凍てつく風に指先がしびれて困ったゴルファーたちが、羊皮で無骨な手袋を縫って着用したのが発端らしいと判明した。・・・・・
この貴族も手袋を脱いで、これからティアップというわけだ。・・・
18世紀半ばになって、ようやくグローブは競技用に進化を遂げたことになる。いまから数えて230年前の話である。・・・・・
さらにアマの名手を調べてみると、ジョン・ポール、ハロルド・ヒルトン、フレディ・テイトらイギリス勢はもとより、アメリカ勢のフランシス・ウィメット、ボビー・ジョーンズも素手で世界の頂点に立っているのだ。つまり偉大なる先輩たちは例外なく「素手派」であった。
 一方、1890年レディス競技会では、両手袋の女性が3人、片手袋が二人いて、かなり早い時期から女性たちがグローブを愛用していたことをうかがわせる。・・・・・
 かっての男たちは額に汗を流し、頑健を身上として逞しく人生を生き抜いた。ゆえに手のひらも丈夫であった。つい先日、両手袋をして球を打つ若い男を練習場で発見、思わずオエーッとなったが、男性の弱体化とグローブの浸透に密接な関係がないとは断定しにくい光景だった。
 ところで、グローブを定着させた人物が、「プロのキング」ことウォルター・ヘーゲンだとする説に異存はない。彼はマメの出来やすい体質を嘆き、ゲームに臨んで最高級のエチオピア産「ペッカリー」のグローブを次々に使い捨てていった。いまではベルセイム、バゼーヌといった優秀な合成皮革が誕生して、まったく違和感のないグローブが市場を支配するようになったが、難点がないわけでもない。
 宣伝コピーに曰く、
「使用していることを忘れるゼロ感覚」
 たちまちグローブ以外のものを連想したのは、あるいは当方の考え過ぎだろうか。
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ゴルフのグローブの歴史が分かるし、発祥の地イギリスではいかに早く始まったかも知ることが出来て呆れます。

昨年8月9日からまだゴルフをしていません。釧路行きもコロナショックで中止しました。ということで、まだゴルフをする予定が未定です。早くゴルフをしたいです。ちなみに僕はグローブ派です。だけどパターをするときは素手派です。超初心者のときからグローブ派でした。(汗)

  この次のゴルフは素手でやろうかな僕の歴史の1ページとして

昨年8月9日のゴルフでバーディーを取った後の僕でお別れします。DSC04855



今日の曲は、米津玄師 馬と鹿


 

今年のゴルフはかなり下手になっています。しかし、自惚れだけは今まで通りです。

<今日の表紙>僕のゴルフのバイブル「地球ゴルフ倶楽部」夏坂健著
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今年は、8月9日までに8回ゴルフをしましたが、109、100、82、100、95、100、108、103という結果でした。合計797。82はパー68のコースでしたので+4で801。平均ストロークは100です。

これまでの数十年、僕のゴルフのストローク平均は90台で推移していましたが、最近は回数も減っています。そして、ついに今年は100台の危機がやってきています。

原因は、多分「老化」。でも、うぬぼれだけはまだまだ健在です!(笑)

ということで、「地球ゴルフ倶楽部」から<自惚れは、スプーン1杯ほどに>をどうぞ!
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冗舌で芝居っ気たっぷりなマックス・フォークナーは、1951年にアイルランドのポートラッシュで行われた全英オープンの優勝者である。
しかし、ほとんどのアメリカ人は、このイギリスのプロがどんな顔の男なのか、知るよしもなかった。さらに、マックスは、1947年から通算5回もライダーカップの代表に選ばれているが、新聞に載るのはスター選手ばかり、どちらかというと地味な彼の顔が紙面を飾ったことはない。つまりほとんどのアメリカ人は彼を知らなかったのだ。

フロリダでのゲームを終わらせた彼は、もう1日ニューヨーク見物をするつもりで、ひとりでホテルのバーにもたれ込んでいた。すると、二人連れの紳士に話しかけられ、意気投合、やがて一人のアメリカ人が、
「あんたもイギリス人なら、ゴルフぐらいできるだろう」
「まあ、少々」
「そいつはけっこう。明日一緒にどうかね?朝8時に迎えにこよう」
迷っている彼の耳にこう囁いた。
「前もって言っておくが、おれのハンディキャップは5、あいつは7だ。ゴルフだけは人に負けたことがないのが自慢でな。きみにも十分なハンディキャップをあげる代わりに、1ホール5ドルでどうかね?」
これでマックスの気持ちが決まった。

翌朝コースに到着すると、本来右利きのマックスが左打ち用の貸クラブでゲームを始めた。それでも前半の9ホールで2アップしたというから、思うだに恐ろしい腕前である。

後半に移る前、しきりに首をひねる二人に対して、彼は鷹揚に話しかけた。
「次の9ホールでは、私のほうからハンディキャップを差し上げましょう。どうです、右で打つというのは」
「そ、そんな芸当できるのかね!?」
「やってみましょう」

本来の右打ちに戻った彼は、なんと5つのバーディを奪って「31」のあがり。よせばいいのに途中で掛け金をつり上げた二人組から、故郷に戻る足代に加えてお土産代まで頂戴したのだった。ここでおかしいのが男の態度。完膚なきまでに叩きのめされたはずが、まったく懲りていないのだ。

「きょうのお前さんは絶好調。おそらく一生に二度とはないゲームをやったと思うね。それに比べて、おれはイマイチ。ま、ゴルフとはこんなもんさ。次は覚悟しろよ、連絡を待っているからな。しかし、お前さんには才能ってものがある。ゴルフと本気で取り組む気になったら手紙を寄越しな。いいプロを紹介してやるから」

そういって、ピストルを撃つ真似をしたというのである。負けた男の全身から立ちのぼる無念、負け惜しみ、自惚れ、思い上がりには恐れ入るばかりだが、ちょっと待て。

彼はあなたによく似た他人、ゴルファーには共通して懲りないところがありはしないか。

率直な話、ゴルフ名言集をめくると、
「この偉大なるゲームから、私は謙虚さを学んだ」
そんな意味の言葉が、どっさり収録されている。しかし、謙虚すぎると闘う心が挫けてしまうのも事実である。心のどこかに、「スプーン1杯ほどの自惚れ」 を持たないことには、このゲームのつらさに押しつぶされてしまう恐れもある。
自惚れは、たとえばドライバーの飛距離であってもいい、パットの腕前をひそかに誇るのも悪くはない。自分の得意を「他人に語ることなく」、ひめやかに自惚れること。ここから進歩の輪がゆっくり広がるのだと思う。
マックス・フォークナーに叩きのめされた男が、もしあそこでポッキリ折れてしまったならば、彼は二度と立ち直れなかったはずだ。ピストルで相手を撃つジェスチャーこそ、ゴルファーに要求される資質の一つなのである。・・・

・・・、多少の自惚れがなければ、むずかし過ぎるゴルフなんぞやってられるかって。
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賭けに負けたアメリカ人ほどの自惚れはありませんが、次回のゴルフでもし、万が一100を切れなかったらゴルフ場が僕に合っていなかったということになります。まあ、そういうことにはならないけれどね。(汗&笑)

  年を取り老化進んだヘボゴルフ自惚れだけが目立つこの頃

実は、今日の予定は標高1200mほどの蓼科高原カントリークラブで涼しいゴルフをすることでしたが、一昨日の夜に、一緒にプレーするS君から電話。愛犬が重病を発症したので、名古屋の獣医さんに診てもらうということで急きょキャンセルです。(涙)ゴルフクラブだけがゴルフ場と自宅を往復することになりました。

1ヶ月前のゴルフでバーディーを取って喜んでいる僕でお別れします。DSC04855


今日の曲は、浜田省吾 19のままさ




野球はスイッチヒッターがあるのに、どうしてゴルフはないの?せめて、パターだけでも・・・・・

<今日の表紙>昨日の朝日新聞「折々のことば」
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   人はくりかえしを離れるのに、勇気がいる 吉田秀和

人生を長く生きている僕にはよくわかる「折々のことば」です。

今日は、僕のマンションの友人が主催の「月曜会」という飲み会に久しぶりに出席しました。

その中で、ゴルフ好きのYさん(ハンディ12で僕よりもかなりレベルが上)とゴルフ談義です。

Yさんから、岸さんはパターのラインはスライスとフックのどちらが好き?

僕はスライスラインが好きですよ。と答えました。Yさんもスライスラインが好きだとのことです。

そこで、僕の頭に閃きがありました。

プロ野球ではスイッチヒッターが珍しくないのに、プロゴルフでは、スイッチヒッターは皆無。

パターぐらい、自分の好きなラインで打ってもいいのではないか?

左右のパターで打ち分ければ、ストレート以外は常にスライスラインで打てます。

プロゴルフの世界では、パターでのイップス病は珍しいことではありません。その対策として長尺パターは今に繋がっています。でも、右利きが左打ちのパターにしたということはありません。

アマチュアの世界では、遊びましょうということでYさんと意気投合しました。

Yさんは、9月最初のゴルフで左右パターに挑戦するとのことです。僕の周りでは初めてのチャレンジです。

今日の表紙の「人はくりかえしを離れるのに、勇気がいる」を実践します。

僕も、Yさんほど上手ではありませんがチャレンジしてみます。

思えば、走高跳びの背面飛びや、スピードスケートのスラップスケート、スキージャンプのV字ジャンプなど、スポーツの世界では革命的なことが珍しくありません。

バドミントンでも、ルール改正などでプレースタイルがかなり変わってきています。

僕が実行しているゆるガット(13ポンド)もその中の小さな一つですが、楽しんで68歳の今を生きています。僕にしてみれば、ゆるガットはもう親しい友人です。

キーワード新しいことする勇気未来の自分生きる喜び

僕の生活している身近でも、今よりも面白くなることがいっぱいあるようです。

とりあえず、Yさんのいつでもスライスラインのパターの報告を聞けるのが楽しみです。

昨日の、日の出ウォッチングは、残念ながら日の出が見れませんでした。DSC05152
浮かんでいる雲は泳いでいる魚に似ていました。DSC05154
しかし、15分後のパノラマです。DSC05158
太陽が現れていました。(汗)

その時のきれいな太陽でお別れします。DSC05160
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今日の曲は、中村雅俊 まだ僕にできることがあるだろう
 

猛暑に負けたヘボゴルフでした。(汗&涙)

<今日の表紙>ゴルフのプレー前の血圧143-94
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7月30日の人間ドックの時の数値よりもかなり下がっています。人間ドックでは、163-105でした。

ちなみに、プレー後の数値も143-86でした。DSC04858


ビールの家飲みをしていない結果が早くも出てきたようです。(笑)

昨日も一昨日と一緒でいいお天気、いや猛暑日でした。

朝8時44分で32℃です。DSC04839


昨日は、東京に住んでいる僕の息子との約10年ぶりのゴルフでした。

春日井市のオールドレイクゴルフ倶楽部で一緒にプレーしました。DSC04848


このゴルフ場は、池が多くてグリーンのアンジュレーションが複雑なセッティングになっています。DSC04844
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息子に負けられないなと勇んでスタートしましたが、ドライバーの飛距離は230ヤードと190ヤードで負けていました。

そして、3番ロングホールでの息子のパーパットです。DSC04842
これが入ってパー。この時点で2打リードされていました。(汗)

息子も僕と同じでサウスポーです。DSC04846


8番ミドルホールで11を叩いてくれて何とか逆転出来ました。でも、僕のスコアは53でした。(涙)

とにかく暑い!日傘でのプレーも登場していました。DSC04843

それでも、秋の気配でしょうか、トンボを多く見ました。DSC04850


後半に入ると安定していましたが、16番ミドルホールで8を叩き90台を諦めました。すると、17番ショートホールでドラマが起こりました。DSC04853
ピンそば1mに1オン。DSC04854
バーディー!DSC04855
しかし、18番でOB。スコアは8。後半50(涙)トータル103です。

息子にはかろうじて勝ちましたが、お互い暑さに負けました。

  目標に届かないなと諦めたとたんにバーディ暑さ忘れる

終わって帰るときの温度38℃でお別れします。DSC04859


今日の曲は、スガシカオ 光の川



バドは強い相手にやられましたが、ゴルフは、タフなコースにやられました。(涙)

<今日の表紙>杜の都ゴルフ倶楽部で見た面白いポーズのトンボ
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昨日はよく晴れて暑い中、仙台市の近くの杜の都ゴルフ倶楽部で釧路以来のゴルフを楽しみました。DSC04691

仙台に住む友人のMさん親子とのラウンドです。DSC04685
息子さんのドライバーの飛距離は250ヤードほどで、僕のボールの50~60ヤード先に飛ばします。
距離も長くフェアウエーは狭いかなり難しいゴルフ場です。DSC04690
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そして、7月27、28日にプロアマトーナメントがあったばかりですので、ラフが深くセッティングされていました。DSC04700


ということで、前半(イン)が58の大たたき。(涙)昼食を取っての後半(アウト)は50でトータル108という無残な結果に終わりました。

ラフに入ると出すだけという久しぶりに厳しい条件でのゴルフでした。

  深いラフ狭いフェアウエー長い距離何故か納得トータル108

そんな中、まだまだきれいに咲いているアジサイです。DSC04686
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そして、見事な紅葉です。DSC04688
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クラブハウスのロビーには、東北福祉大出身の松山英樹プロの写真パネルが飾っていました。DSC04701


ゴルフが終わると、仙台駅までMさんに送っていただきました。仙台の昨夜は七夕の前夜祭の花火大会が開催されるということですごい賑わいでした。DSC04704
七夕飾りには「仙台・宮城に住む方が増えますように」とありました。DSC04707
ということで、今年から宮城県の住人になった名古屋で僕たちとバドミントンを楽しんでいた美女と2時間ほど久しぶりの食事を楽しみました。BlogPaint
ほとんどバドミントンのお話しでした。

仙台空港から20時のフライトです。DSC04710
お月様です。DSC04717


3泊4日の仙台が無事終わりました。ちょっとほろ苦い仙台でした。でも、今日からのプラスになった仙台でした。

一夜明けた今朝の春日井は5時頃でもかなり蒸し暑く、仙台とはやはりレベルの違う暑さです。

久しぶりの今朝の日の出ウォッチングでお別れします。DSC04728
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今日の曲は、米津玄師 馬と鹿



釧路での最後のゴルフも100点でした。(スコアです。)(釧路つれづれ(10))

<今日の表紙>7月11日~20日までの北海道交通安全運動に協力した証(涙)
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昨日は、一昨日の夜霧が朝まで残っていました。DSC04070


そんな中、釧路での3回目、そして最後のゴルフを釧路カントリークラブでしました。DSC04074
スタート時は霧が消えていました。温度は18℃(11時ごろ)です。DSC04073
3回とも18℃でした。

スタートするとすぐに霧がかかってきました。DSC04075
そして、小雨模様の少しハードな条件でのプレーです。という言い訳で、アウト54でインに向かいました。(涙)

それにしても、シラカバがきれいです。DSC04079


インに入ると、雨が止んで霧も薄くなりました。DSC04080
池にはスイレンが咲き、DSC04085
スイレンのそばには黄色の可愛い花のリョウキンカが咲いています。DSC04082
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昨日は、カラスも鳶も見れませんでしたが、小さい可愛い鳥が杉の木でいっぱい遊んでいました。DSC04088
雀よりも小さいので見つけにくいかも?DSC04086
BlogPaint
芝生に下りてきたところを撮りました。DSC04089
おそらく、コサメビタキでしょう。(ゴルフ場の人に聞きましたが、よく見かけるのですが全員わからないとの返答)

肝心のスコアはパーが2つあって46。54・46の100でした。

終了時の気温も18℃です。(14時30分)DSC04090
終わると同時に霧が濃くなってきました。DSC04093


今回の涼しい釧路カントリークラブでの3回のゴルフは、100、95、100と僕にしてはいいゴルフをすることが出来ました。ずっと18℃でした。いや初回のゴルフの終わりは19℃でした。(汗)

  18℃釧路のゴルフ真夏でも長袖プレー涼しさの中

8月5日の仙台でのゴルフが楽しみです。

釧路カントリーでの僕のお別れポーズでお別れします。(笑)DSC04091


今日の曲は、研ナオコ 夏をあきらめて

株式会社中日映像出版
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