本・新聞

28年前にすでに認知症の世界を描いた小説です。「恍惚病棟」山田正紀著 当時は看護師ではなくて看護婦です。

<今日の表紙>名古屋市北生涯学習センター受付横の鈴虫
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先日男子更衣室のキーを借りに行ったときに、鈴虫のリーンリーンという鳴き声が聞こえてきました。横を見ると虫かごが置いていました。DSC01984
中には、鈴虫が数匹入っていました。DSC01987
説明書きがあって、センターで育ててもう4世代目の鈴虫だと言う事です。DSC01985
思わぬ所で秋を感じました。

9月最初の本を読み終えました。

令和2年7月20日初版と書いていましたので新刊だと思って買った小説は実は1992年に発行された小説でした。DSC01496
それは、「恍惚病棟」というタイトルでしたので、現在の世界では認知症の話題も多く、最近のコロナ禍での対応などマスコミをしょっちゅうにぎわしています。しかし、28年前に山田正樹によってこの小説が書かれたと言う事に感心します。DSC01969_1
9月初めに読み終わりました。

古さに気が付いたのは、現在では看護師ですが、小説の中では看護婦とありました。

ストーリーは大学病院の老人病棟で働いているアルバイトの平野美穂の目を通して美穂が担当する認知症の患者の不審な死や未遂事件をスリリングな展開で追っていくという事です。DSC01968_1


この中で、認知症にはいろいろなタイプがありそれぞれの患者の中では大切な思い出が宿っていることが分かり易く描写されていることです。

第1章から第7章までに認知症の症状がタイトルになっています。

空間失見当識、情動失禁、時間失見当識、人物誤認、夜間せん妄、仮性痴呆、人格崩壊などがあります。空間失見当識とは、方向感覚が失われること、情動失禁とは、感情の抑制がきかない状態、夜間せん妄とは、昼間は静かなのに、夜間になるとブツブツしゃべりながら歩き回ることです。

僕たちが認知症の人に対するイメージはおおざっぱですが、一人一人みんな個性があり対応が難しいことがなんとなくわかりました。

2002年3月から看護婦、看護士を男女とも看護師と呼ぶようになりました。今から18年前のことですので、小説の中で看護婦という言葉がよく出てきたときには変な違和感を感じました。なれというのは恐ろしいですね。

  スチュワーデス今は客室乗務員看護師さんも普通に呼ばれ

地下鉄大曽根駅で見かけた気になるポスターでお別れします。DSC01981


今日の曲は、絢香 三日月

新型コロナ「検査の陽性者」=「感染者」ではない...!PCR検査の本当の意味 本間真二郎先生の言葉はよく分かります。

<今日の表紙>マスクを外して以前通りに戻ったJR勝川駅前のサボテンモニュメント
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6月にはマスク姿になっていました。DSC09641
僕たちはいつになったらマスクなしになれるんでしょうか?

先日、FBのコロナ関連投稿を見ていたら気になる、そしてなるほどという記事を発見しました。
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【新型コロナ「検査の陽性者」=「感染者」ではない…!PCR検査の本当の意味】
本間真二郎先生(医師でウィルス学、ワクチン学の専門家)の記事の要約をシェアします。
新型コロナウイルスのPCR陽性者と感染者の区別を一般的な風邪のケースを例にあげて説明しています。
風邪とは、もちろん風邪の原因となるウイルスの感染により起こる病気です。寒い冬に、素っ裸で布団もかぶらずに寝てしまったら、よほど強靭な人でなければ、間違いなく風邪をひきます。では、冬に裸で寝たときだけ「偶然に」「運悪く」風邪のウイルスをもらっているのでしょうか? 
そうではなく、風邪のウイルスには、裸で寝ようが普通に寝ようが、私たちは普段から常に接触しているのです。つまり、常にウイルスは気道上(のどや鼻)に「いる」のです。
しかし、正常な免疫力がある場合には、風邪のウイルスに感染せずに発症もしません。風邪にかかったのは、冷えなどで免疫力が低下したことによるのです。つまり、通常の免疫力がある場合は気道にウイルスがいても全く発症しないのです。
もし、ウイルスが「いる」状態(PCR検査陽性)を感染=病気としたら、風邪の場合は国民のほぼ全員が感染している、つまり風邪をひいているということになります。つまり「検査陽性=ウイルスがいる」ことだけでは「感染といってはいけない」のです。
PCR検査とは、無症状の人を含めて闇雲に検査をするものではなく、医師が診察して(あるいは問診などにより)コロナウイルスの検査が必要だと判断した人(陽性の可能性が高い人)に対して行う検査なのです。
PCR検査は、これらのことを熟知して検査するのであれば、全く問題なくとても有益な検査になります。
生活に関しては、
みずからの暮らし方や食生活を見直し、不自然な日常をひとつずつでも自然に沿った暮らし方に改めていくことが、自分自身の免疫力や自然治癒力を高めていくことにつながります。それこそが、新型コロナを恐れない根本的、かつ、唯一の方法と信じています。
第二波に関して
●第2波がきているように見えても、陽性率の推移ではほとんどの国(13か国)が第1波後のくすぶりの状態であり、死亡数の増加はみられない。日本もこの中に入る。
13か国とは、日本、スロベニア、フランス、ベルギー、オランダ、ルクセンブルグ、デンマーク、ギリシア、マルタ、スロバキア、スペイン、カンボジア、トニダード・トバゴです。
●本当に第2波がきていると考えられる(陽性率も増加している)のはわずかに3か国だけで、第2波の死亡数が増加しているのは、この3か国のみである。
3か国とは、オーストラリア、イスラエル、クロアチアです。
●現在の日本の陽性者数であれば、今後重症者や死亡数が大きく増加する可能性は低いと思われる。
今後、新型コロナウイルス感染症は、単純に検査陽性数だけではなく、陽性率や重症者数、死亡数に着目していく必要があると考えています。そういう意味では、真の第2波に備えることは、これまで以上に大切になるでしょう。と本間先生は締めています。
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本間先生の本の紹介にはこんなことも書いています。
「自然から遠ざかるほど、いのちが減っていく」――ウイルス学研究者である医師が、那須烏山に移住して見つけた、病気にならないシンプルな法則は、自然に沿って生きること。「新型コロナウイルス感染症に対しても、身のまわりをどんなに滅菌・減菌しても、どんなに薬を飲んでも防ぐことはできません。むしろ自分自身の免疫力を下げることにしかなりません」と警鐘を鳴らす著者が、提唱するもっとも本質的な解決策――。それは、不自然な日常をあらため、食と暮らしをひとつずつ自然に近づけること。

  不自然な日常変えて脱コロナ食と暮らしを自然に近く

新型コロナウィルスのことがだんだんわかってきています。この冬にインフルエンザと共にコロナが流行するのか?同じコロナウィルスですので干渉しあって2つが同時に流行することはないという理論もあります。まあ、僕の防衛策は十分な栄養と睡眠です。これは、僕が亡くなるまでの病気に対する防衛策の第1です。

名駅前通路の花屋さんで見かけたシュウメイギクの花でお別れします。DSC01558


今日の曲は、サザンオールスターズのカバー LOVE AFFAIR ~秘密のデート~

8月が終わりますが、コロナ禍の誤報道を分かり易く説明している野村慶太郎さんの記事の反響がまだ続いています。

<今日の表紙>雲とのコラボがきれいな昨朝の日の出の太陽
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昨朝もいいお天気のパノラマで始まりました。DSC01747
煙突の煙が高く昇っています。そして、雲と太陽のコラボがきれいでした。DSC01756


今日で超猛暑続きの8月が終わります。8月もコロナ、コロナで終わりそうでしたが、28日には安倍総理辞任が伝えられました。DSC01579


次期総理は9月中旬には決まるようですが、コロナ禍はまだまだ続くようです。

僕のブログで8月7日の「野村慶太郎さんのFB投稿はコロナ禍のマスコミ報道の間違いをわかりやすく説明していいね!」の反響が今も人気記事の断トツの1位です。この記事は、かなり説得力がありますので皆さんと8月が終わる今日はもう一度再読しようと思います。
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昨日FBの投稿を読んでいたら、僕のFB友人がシェアした4日前の記事が目に留まりました。DSC00909
野村慶太郎さんの投稿記事です。

野村さんはバイオ企業の経営者です。コロナ報道での誤り、特に「PCR検査」についての表現の誤りを指摘しています。その記事の内容です。
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日本が完全にオカシイ。もうヤバイぐらいに変だ。
小池百合子女王の街・東京では連日数百人の「PCR陽性者」が発見されて、感染者が全国に広がっているような報道だが、チョイ待てや。
ウチは菌の専門企業なので昔から菌の種類を判別するのにしょっちゅうPCR検査を使ってきたし、PCRを普段から使う医療関係者なら知っている常識だが、あれは「感染者数」じゃなくて「陽性者数」だ。
いいか、ど素人のテレビコメンテーターども。
決して「感染者」ではない。あくまでも「陽性者」である。
その中には「感染」に至っていない「曝露者」が大勢いる。
コロナウィルスが細胞に侵入したら「感染」なのだが、その前に、ほとんどが自然免疫で処理されてしまう。更に「感染」しても普通はT細胞が細胞ごと破壊する。だから、ここまで「曝露者」と「感染者」の98%が「自然免疫」で片付いてしまう。
今の統計を正確に読み込むと分かるけど、「PCR陽性者」(曝露者+感染者)のうち約98%が、無症状か風邪程度で治っている。
国による違いがあるがコロナは「日本人の場合」、曝露力は強いが、感染力が弱いから、重症者も死亡者も大変少ない。
1、陽性反応者
単にウイルスが「曝露」(ばくろ・体の中に入る)しただけで、「感染」(細胞の中に入って増殖する)には至っていない人。
免疫にやっつけられて破壊されたウイルスの残骸が出てきただけの人
2、感染者
ウイルスが細胞内に侵入した人。無自覚、無症状多数。
3、患者
発症してる人。
そして死亡者は全然増えていない。
なのになんでこんなの国を挙げて第二波だの緊急事態宣言だのと騒いどるんだ?
なんでNHKも保健所までただの陽性者を「感染者」と呼んだり「患者」と呼んだりするんだ?
一体どうしてしまったのだ?日本は。
ノーベル賞の山中伸弥先生まで出てきて「厳重警戒」だの「元の生活にはもう戻れない」だのwithコロナだのアフターコロナの「時代」だの、なんかもう人生がめっちゃ変わるかのような報道合戦だが…山中先生…どうしちゃったの?
ワシ大ファンだったのに…。
コロナ、日本は絶対もうすぐ終わるぞ?
まるでマスコミが大騒ぎして煽って第二次世界大戦に突入していった頃の日本に戻ってないか?
日本人、テレビの見過ぎでバカになったのか?
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ついでに野村さんの3日前の記事です。
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「PCR検査を受けて陰性なら安心」とか「PCR陰性を証明しないと仕事で立場上マズい」などど聞く。
羽鳥なんとかショーではPCR検査さえ行えば、安心安全が得られると思わせるようなことを玉川徹と岡田晴恵とかいう素人が連日捲し立てている。
でも、PCR昔から使ってるバイオ企業の経営者の端くれとして言わせてもらうが、PCR検査は「陰性証明」になどならない。
なぜなら「PCR陰性=ウイルスに曝露*していない人」ではないからだ。
*曝露(ばくろ)=晒されたり触れたりしてる状態。感染・発症とは別。
検査の帰りにウイルスに曝露している人もいるかもしれないし、今日にでも、明日にでも、あるいは来週になれば感染する人もいる可能性は常にある。
だから、バカみたいに検査、検査を続けていっても、陰性の人は、検体採取したその直後から再び「検査候補者」になるだけだ。
こんなの、少し冷静に考えれば子供でも分かることじゃないだろうか。
PCR検査は症状が出て病院に来た人の病原体を特定して適切な治療法を立てたり、何かの統計を取るためにデータ収集する目的以外は何の意味もない。
一体いつまで日本人はこんな無駄な事を続ける気なんだろう?
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最初の記事は、約16000人がいいね!、次の記事は約2300人がいいね!です。

  PCR増やせ増やせの大合唱いつまで続くコロナ誤報道

「コロナ第2波は来ない」の上久保靖彦京都大学大学院特定教授の説を裏付ける内容です。

今の僕は、この投稿記事にいいね!をしますけれど、外出時は周りの人に不安を与えるので心ならずもマスクをします。

今の時期は、コロナよりも熱中症のほうがはるかに怖いのでは?
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という内容です。

新総理が決まったあと、9月末には新型コロナに対する国民の認識は今と違ってくるのではないかと思います。

昨夜の雲とコラボが妖艶なお月さまでお別れします。DSC01760


今日の曲は、Superfly Beautiful

8月の読書は、高野和明に救われました。(汗)

<今日の表紙>ジパング倶楽部の僕の利用状況
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昨年11月から今年10月末まで最大20回3割引でJRを利用できるのですがまだ5回利用したきりです。一昨年は20回、昨年は19回利用しましたが、今年は5回で終わりそうです。(汗)DSC01493
あと2か月ほどで10月末です。

ころな禍に影響されない読書ですが、僕の8月の読書は苦戦しました。というのは、購入して読んだ本が2冊あるのですが、これが僕の趣味に合いませんでした。自業自得です。DSC01495_1


詠んだ本の数は4冊で、再読は2冊で、いずれも高野和明の小説です。DSC01494


この2冊は、面白かったので過去2回読んでいましたが、今回も面白かったです。

「ウツボカズラの甘い息」柚木裕子著は、ウツボカズラという名前に惹かれて購入しましたが、僕には合いませんでした。ちなみに、ウツボカズラは食虫植物です。DSC00834


そして、「第五の季節」N・Kジェミシン著は、SF小説で600ページほどの大作ですが、読み終わるまでストーリーが頭に入ってきませんでした。

ということで、8月の読書はかなり苦労しました。自分の趣味に合うかどうかは読んでみないと分かりませんのでこういう事もよくあります。

最近の読書は再読と新作と半分半分で読んでいますので、こういう時に再読に救われます。

なにせ、再読ですがストーリーはかなり忘れていますので読み甲斐があります。

「6時間後に君は死ぬ」「グレイヴディッガー」はいずれも4年前に読んだ本です。

読書は、コロナ禍でも影響しない貴重な僕の時間つぶしです。

  コロナ禍は暮らしを変えて来たけれど読書大事な僕の友達

9月は初めての山田正紀の小説「恍惚病棟」から読みます。DSC01496
とりあえず、ワクワクです。

3年前の8月、名古屋駅前で映画を観て帰りの中央線の快速に乗った時つり革の上に留まって涼し気なハグロトンボのメスでお別れします。DSC00642
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今日の曲は、いや今日は、小泉純一郎の物まね講演会「さようなら原発講演会」




満州からの引き揚げの過酷さがよく現れています。(一昨日の天声人語)

<今日の表紙>昨日の超猛暑の始まりの朝のパノラマ
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煙突の間からまぶしい太陽が昇ってきました。DSC01326
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浜松市で41.1℃の国内最高気温タイ記録。DSC01327


一昨日の天声人語は終戦後の混乱期の過酷な満州からの引き揚げをテーマにしていました。DSC01268
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 作詞家のなかにし礼さんが、「リンゴの唄」を初めて耳にした時のことを記している。大陸からの引き揚げ船のなか、ラジオから〈♪赤いリンゴに唇よせて〉が聞こえてきた。その歌は明るすぎて、自分には残酷だったという▼敗戦は旧満州育ちの少年の境遇を大きく変えた。父はソ連軍に徴用され、健康を害し命を落としてしまう。母や姉と物売りで暮らし、1年余りして引き揚げ船に乗ることができた▼「命からがら逃げつづけた同胞が、まだ母国の土を踏んでいないのに。なぜ平気で、こんな明るい歌が歌えるんだろう」。悲しくて泣いたと著書『歌謡曲から「昭和」を読む』にある。終戦直後の流行歌に誰もが励まされたわけではなかった▼戦後75年。しかし全ての人にとって戦争が1945年8月に終わったわけではない。満州からの引き揚げは困難が伴った。ソ連兵による暴行や略奪にさらされ、避難生活で命を落とす人もいた▼我が子が衰弱するのになすすべもない様子が、短歌に残されている。〈母もまた疲れてあれば病める子の顔に群がる蠅(はえ)さへ追はず〉植田道子。詠んだのは引き揚げの途中で子を失った母親で、苦悩を乗り越えるために歌に向かったという(斎藤正二編著『戦後の短歌』)▼別の歌にあるのは子を置き去りにする以外にないという光景か。〈歩くから連れていつてと素足の子が逃避の群(むれ)にまとひつきをり〉。歌の詞書(ことばがき)に詠み人は「戦(いくさ)あらしむな」と記した。二度とこの不条理があってはならないと。

なかにし礼さんが引き揚げ船のなか、ラジオから聞こえてきた「リンゴの唄」が明るすぎて自分には残酷だったといい、2人の婦人の短歌では、極限の状態を詠っていて驚きます。

岸家の亡妻の父は靖国神社から戦地に赴き、シベリアに抑留されて昭和23年に帰ってきました。005
(右側の襷を掛けた坊主頭)

24年に結婚して26年3月に亡妻が生まれました。

もし、シベリアから帰ってこなかったら、もう少し遅く帰ってきていたら亡妻は生まれていませんでした。と言う事は、今の僕も娘や息子や孫も存在していません。

義父はとうとう亡くなるまでシベリアのことは話しませんでした。亡くなってから平成2年にシベリア抑留をねぎらう銀杯を政府から贈られました。007

岸家もこの天声人語のような過酷な運命を乗り越えた義父がいたから今があります。それと同時に帰れなかった多くの戦友がいたはずです。

  シベリアの過酷な時を乗り越えた義父は黙して友をねぎらう

一昨日の天声人語から岸家の今に思いを馳せました。そして、天声人語の最後が重く響きます。

歌の詞書(ことばがき)に詠み人は「戦(いくさ)あらしむな」と記した。二度とこの不条理があってはならないと。

一昨日の朝日新聞折々のことばでお別れします。DSC01267

教養って、行き詰まっているときに、どこか思わぬ方角から、光が差し込んでくる、その光の源だと思う。(内藤正典)

日々の手料理の技に惹(ひ)かれ、このイスラム地域研究者のツイッターを時々見るが、8月5日にこの言葉を見つけた。教養のこの定義、知識を蓄えるとか視野を拡(ひろ)げるとかいった効用を説かず、思わぬ時に自分が助けられるという恵みとして捉えているところが清々(すがすが)しい。そうした教養を彼の調理にも感じる。さりげなくも華やいでいる。

今日の曲は、庄野真代 愛と平和の歌

昨日の天声人語は感動しました。(日航機事故から35年)

<今日の表紙>地下鉄大曽根駅で見かけたiichikoのポスター
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「私の夏が遠くなる」うそでしょ!DSC01163
暦は立秋を過ぎましたが各地で今夏最高気温を更新中です。でも、iichikoは別世界です。これがiichikoです。(笑)

昨日は、520人が亡くなった日航機事故から35年経ちました。35年前というと僕が34歳の時です。

当時は大変な事故が起きたなと大騒ぎしましたが、もう35年も経ったんだなと思います。

そして、昨日の天声人語でも、この事故に遭われて亡くなった谷口正勝さんと残された家族のことが紹介されていました。それは35年前の秋。自宅の庭に正勝さんが5年前に植えた柿の木の実が初めて実をつけたことから始まりました。DSC01169
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 自宅の庭の柿の木が初めて実をつけたのは35年前の秋。人生で最もつらい時期だった。大阪府箕面(みのお)市の谷口真知子さん(72)には、色づいた実が夫からの贈り物のように思われ、涙が止まらなかった▼会社員だった夫正勝さんはその年の夏、羽田発大阪行きの日航123便に乗り、帰らぬ人となった。遺品の中には免許証と走り書きの遺書が。「まち子 子供よろしく 大阪みのお 谷口正勝」。かすかに血と煙のにおいがした▼柿の実に気づいたのは、沈んでいた中1と小3の息子である。5年前、自宅を新築した際に夫が手ずから植えた木だ。「桃栗3年柿8年と言いますが、それよりも早い。私たちのために実らせてくれたとうれしくなりました」▼そんな体験をもとに真知子さんは絵本『パパの柿の木』を刊行する。「明日もあさっても続くと信じていた日常が、突然絶たれた。家族で過ごす当たり前の日々がどんなに大切か伝えたいと思います」。事故後、周囲に助けられながら息子を育て上げ、3人の孫も生まれた▼きょうで墜落事故から35年。〈皆おなじ親子に逢(あ)いに御巣鷹に〉。同じ便に乗り合わせた女性客を悼む母親の句が、遺族の文集『茜雲(あかねぐも)』にある。失われたのは乗客ら520人もの尊い命。それぞれの遺族がくぐり抜けてきた歳月をかみしめる▼取材の日、庭の柿の木に触れた。幹は太く、葉は厚い。何十もの青い実が夏の日に輝く。家族ならずとも、正勝さんがそのたくましい木に宿っているように感じられた。

残された妻の谷口真知子さんの言葉が重いです。「明日もあさっても続くと信じていた日常が、突然絶たれた。家族で過ごす当たり前の日々がどんなに大切か伝えたいと思います」。

そして、筆者の最後の思いも感動します。

きょうで墜落事故から35年。〈皆おなじ親子に逢(あ)いに御巣鷹に〉。同じ便に乗り合わせた女性客を悼む母親の句が、遺族の文集『茜雲(あかねぐも)』にある。失われたのは乗客ら520人もの尊い命。それぞれの遺族がくぐり抜けてきた歳月をかみしめる▼取材の日、庭の柿の木に触れた。幹は太く、葉は厚い。何十もの青い実が夏の日に輝く。家族ならずとも、正勝さんがそのたくましい木に宿っているように感じられた。

今日は、散髪屋さんに行って、コロナ禍で田舎へ帰りませんので覚王山にある亡妻のお墓へお墓参りに行きます。

今年のお盆は子供たちとは別に過ごします。子供たちには、それぞれの家庭で過ごす今年のお盆の期間中に家族で過ごす当たり前の日々がどんなに大切かを感じて欲しいです。

  それぞれの家族で過ごす日常はプライスレスだと今年のお盆

昨日の朝日新聞折々のことばでお別れします。DSC01168
 
三人寄れば文殊の知恵(ことわざ)

 遠隔会議はなかなかに効率的である。対面の会議よりも速やかに進行する。余談や脱線がしにくいし、隣の人とここだけの話もできないから。けれども話がずれてゆく中にこそ発見がある。思いがけない連想や補助線の引き方に驚かされる。何よりも足の揺すりやふとした深呼吸から、ああ納得していないなとわかる。針路を変える決断も一所(ひとところ)に集まらないと怖くてできない。

今日の曲は、荒井由実 ひこうき雲

野村慶太郎さんのFB投稿はコロナ禍のマスコミ報道の間違いをわかりやすく説明していいね!

<今日の表紙>朝日を浴びてきれいな昨朝のJRタワーズ
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昨日FBの投稿を読んでいたら、僕のFB友人がシェアした4日前の記事が目に留まりました。DSC00909
野村慶太郎さんの投稿記事です。

野村さんはバイオ企業の経営者です。コロナ報道での誤り、特に「PCR検査」についての表現の誤りを指摘しています。その記事の内容です。
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日本が完全にオカシイ。もうヤバイぐらいに変だ。
小池百合子女王の街・東京では連日数百人の「PCR陽性者」が発見されて、感染者が全国に広がっているような報道だが、チョイ待てや。
ウチは菌の専門企業なので昔から菌の種類を判別するのにしょっちゅうPCR検査を使ってきたし、PCRを普段から使う医療関係者なら知っている常識だが、あれは「感染者数」じゃなくて「陽性者数」だ。
いいか、ど素人のテレビコメンテーターども。
決して「感染者」ではない。あくまでも「陽性者」である。
その中には「感染」に至っていない「曝露者」が大勢いる。
コロナウィルスが細胞に侵入したら「感染」なのだが、その前に、ほとんどが自然免疫で処理されてしまう。更に「感染」しても普通はT細胞が細胞ごと破壊する。だから、ここまで「曝露者」と「感染者」の98%が「自然免疫」で片付いてしまう。
今の統計を正確に読み込むと分かるけど、「PCR陽性者」(曝露者+感染者)のうち約98%が、無症状か風邪程度で治っている。
国による違いがあるがコロナは「日本人の場合」、曝露力は強いが、感染力が弱いから、重症者も死亡者も大変少ない。
1、陽性反応者
単にウイルスが「曝露」(ばくろ・体の中に入る)しただけで、「感染」(細胞の中に入って増殖する)には至っていない人。
免疫にやっつけられて破壊されたウイルスの残骸が出てきただけの人
2、感染者
ウイルスが細胞内に侵入した人。無自覚、無症状多数。
3、患者
発症してる人。
そして死亡者は全然増えていない。
なのになんでこんなの国を挙げて第二波だの緊急事態宣言だのと騒いどるんだ?
なんでNHKも保健所までただの陽性者を「感染者」と呼んだり「患者」と呼んだりするんだ?
一体どうしてしまったのだ?日本は。
ノーベル賞の山中伸弥先生まで出てきて「厳重警戒」だの「元の生活にはもう戻れない」だのwithコロナだのアフターコロナの「時代」だの、なんかもう人生がめっちゃ変わるかのような報道合戦だが…山中先生…どうしちゃったの?
ワシ大ファンだったのに…。
コロナ、日本は絶対もうすぐ終わるぞ?
まるでマスコミが大騒ぎして煽って第二次世界大戦に突入していった頃の日本に戻ってないか?
日本人、テレビの見過ぎでバカになったのか?
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ついでに野村さんの3日前の記事です。
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「PCR検査を受けて陰性なら安心」とか「PCR陰性を証明しないと仕事で立場上マズい」などど聞く。
羽鳥なんとかショーではPCR検査さえ行えば、安心安全が得られると思わせるようなことを玉川徹と岡田晴恵とかいう素人が連日捲し立てている。
でも、PCR昔から使ってるバイオ企業の経営者の端くれとして言わせてもらうが、PCR検査は「陰性証明」になどならない。
なぜなら「PCR陰性=ウイルスに曝露*していない人」ではないからだ。
*曝露(ばくろ)=晒されたり触れたりしてる状態。感染・発症とは別。
検査の帰りにウイルスに曝露している人もいるかもしれないし、今日にでも、明日にでも、あるいは来週になれば感染する人もいる可能性は常にある。
だから、バカみたいに検査、検査を続けていっても、陰性の人は、検体採取したその直後から再び「検査候補者」になるだけだ。
こんなの、少し冷静に考えれば子供でも分かることじゃないだろうか。
PCR検査は症状が出て病院に来た人の病原体を特定して適切な治療法を立てたり、何かの統計を取るためにデータ収集する目的以外は何の意味もない。
一体いつまで日本人はこんな無駄な事を続ける気なんだろう?
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最初の記事は、約16000人がいいね!、次の記事は約2300人がいいね!です。

  PCR増やせ増やせの大合唱いつまで続くコロナ誤報道

「コロナ第2波は来ない」の上久保靖彦京都大学大学院特定教授の説を裏付ける内容です。

今の僕は、この投稿記事にいいね!をしますけれど、外出時は周りの人に不安を与えるので心ならずもマスクをします。

今の時期は、コロナよりも熱中症のほうがはるかに怖いのでは?

昨日の朝日新聞折々のことばでお別れします。DSC00908
いいですね!
 
 心っていう漢字って、パラパラしてていいと思わない? 五味太郎

「心は乱れて当たり前」。存在がまとまらないから人は考える。そしてよく考えるには「じょうぶな頭とかしこい体」が必要だと絵本作家は言う。丈夫な体はつい「働かされちゃう」し、賢い頭は「世の中と付き合いすぎちゃう」。だからまずは「きちんとサボれる」賢さと、「自分で考える」丈夫さを備えよと。本紙4月14日のインタビュー〈五味太郎さんから「ガキ」たちへ〉から。

今日の曲は、桑田佳祐 ラチエン通りのシスター




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