<今日の表紙>花の下からのクリスマスローズのショット
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昨日はミッドランドスクエアシネマで映画を観ました。その時に通るB1の通路沿いにクリスマスローズが今咲き誇っています。DSC01626
花がお辞儀をしていますので花の下から撮りたくなります。DSC01625
きれいでしょ!

このクリスマスローズの撮り方のようにとっても表現力豊かな文章でアメリカの男子プロゴルフツアーを僕を楽しませてくれていた朝日新聞夕刊のコラム「舩越園子 素顔のプロたち 米国ゴルフツアー」が昨日で最終回となりました。DSC01636
2002年4月から毎月1、2回のペースで何と417回です。DSC01637



最終回にも書いている通りタイガー・ウッズの事が一番多かったようですが、名も知れないプロの話とか、直接の試合の事ではない話とか、このコラムでないと知りえなかったことが多く書かれていました。

僕は、僕のゴルフのプレー日のプロローグとして舩越さんの記事をブログにアップすることも多かったです。

10日に今年の初ゴルフをします。そのプロローグとしても、そして、舩越園子さんへの感謝のしるしとして、僕がブログにアップした記事の中から印象的な2つの素顔のプロたちをご紹介します。

まず、2015年5月22日のブログから、ニック・プライスのキャディーを長年務めて1997年に白血病でこの世を去ったジェフ・メドレン(米)のことを書いた「心優しき 名キャディー」です。068
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しばらく読んでいくと自然に涙が出て来ました。

サブタイトルは「心優しき 名キャディー」
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春から夏へ移ろうこの時期、必ず思い出される人がいる。前回のこの欄で書いたニック・プライス(ジンバブエ)のキャディーを長年務め、1997年に白血病でこの世を去った、ジェフ・メドレン(米)だ。甲高いキーキー声ゆえ、愛称は「スクイーキー」。93年に渡米した私が現地で初めて一対一でインタビューした相手は、実を言えば選手ではなく、彼だった。

94年全米プロの練習日。つたない英語、必死の形相だった私を哀れに思ってくれたのだろう。メジャー大会の前日だったにもかかわらず、彼は「1時間後に」と言ってくれた。そのころ彼は「メジャー優勝をもたらすキャデー」と呼ばれていた。91年全米プロでプライスが愛妻の初産立ち合いのために急きょ欠場した際、補欠から繰り上がり出場した無名のジョン・デーリーのキャディー役を買って出て、勝利に導いたのがスクイーキーだった。

その翌年、今度はプライスが全米プロでメジャー初優勝、94年全英オープンでも優勝。選手を勝たせる秘訣は「選手の心の火が燃えすぎないよう、消えないよう、中庸に保つこと」と語った彼は、その4日後、プライスを3度目のメジャー優勝に導いた。

表彰式でプライスが祝福の輪に包まれていた時、スクイーキーは輪の外に一人立ち、ひっそりと拍手を送っていた。「おめでとう」「ありがとう」。勝利の陰の立役者と握手を交わしたあの瞬間、私はモノゴトの真正面より側面や裏側を眺めるのが好きになった。

スクイキーが白血病と診断されたのは、それから2年後の96年夏だった。97年マスターズの直前、彼を見舞ったプライスは「思った以上に元気だった」と言った。が、春から夏へ、マスターズから全米オープンへと季節が移ろう5月に様態が悪化。6月に43歳の若さで逝ってしまった。

「スクイーキーと分かち合った勝利と笑顔を僕は永遠に忘れない」とプライスは泣いた。スクイーキーがいなかったら、プライスのメジャー3勝もデーリーの物語も生まれていなかったのかもしれない。スクイーキーがいなかったら、私は今、こうして文字をつづってはいなかっただろう。

彼の命は尽きてしまったけれど、彼の優しさ、彼の魂は今でも中庸の火となって燃え続けている。

季節のはざまのちょうど今ごろになると、私は毎年、そんなことを思う。
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名選手の陰に名キャディーあり。

そして人生は切ないことも、輝くこともいろいろ起こる。

舩越園子さんの人生の1ページに深く刻まれた名キャディー「スクイーキー」とその言葉「選手の心の火が燃えすぎないよう、消えないよう、中庸に保つこと」

モノゴトの真正面より側面を眺めるのが好きになった著者の文章は美しく、切なく、そして輝いて多くのコラムを僕にプレゼントしてくれています。

  モノゴトの 側面眺め 文字綴る 素顔のプロたち 春から夏へ


次は、2014年1月10日のブログからです。
僕が大好きな朝日新聞夕刊のコラム 素顔のプロたち 米国ゴルフツアー 舩越園子著 の2014年最初のコラムが9日の夕刊に載っていました。012


すごく感動的な文章でしたので、みなさんとシェアしたくなりました。

タイトルは、「聖夜に元日に 届いた幸せ」
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「お正月」は新たな年を迎える日本ならではの習わしだ。初日の出、初詣、おせち料理。そうやって迎春の喜びをかみ締め、一年の計を立てて気を引き締める。
だが、米国には日本のような概念はなく、一年の区切りとなるのは、1月1日より、むしろクリスマスだ。米国の子供たちにとってサンタクロースが来てくれるかどうかは、プレゼントをもらえるかどうかのみならず、希望を抱いて新しい年を迎えられるかどうかをも意味することになる。

昨年12月の半ばだったろうか。「アーノルド・パーマーがクリスマスを救う」と題された動画がネットでは配信された。パーマーが自身の名を冠し、サポートを続けているフロリダの小児病院のプロモーションビデオ。何気なく開始ボタンをクリックしたら、そのまま釘づけになった。011


ビデオの冒頭はクリスマスにも病院から自宅へ戻ることのできない重病、難病の子供たち数人が代わる代わる登場。6歳ぐらいの女の子がちょっぴりおませな口調で、しかし寂しそうに、こう言った。「サンタクロースは、たぶんここに来られない。だって・・・・・問題は、この病院に大きな煙突がないってことなのよ」

そこでさっそうと登場するのがパーマーだ。子供たちからの手紙を読んだパーマーは、すぐさまサンタクロースに電話をかけ、「私だ、アーニーだ。キミを待っている子供たちがたくさんいるんだ。必ず、ここにきてくれよ」と頼む。

そして、クリスマスの朝。病室のベッド際にサンタクロースからの贈り物を見つけた子供たちの輝く笑顔。宣伝を兼ねたビデオであることは百も承知だったが、涙があふれた。

私事で恐縮だが、クリスマスの夜、母が急病になり、緊急手術で救われた。
「年越しは病院だね」と2人で苦笑したが、優秀な医師たちと先進医療に感謝した。そして元日の夜、病院食に添えられたおせち料理の小さなパックを見たとき、パーマーのビデオが思い出された。 

病院でもメリークリスマス。病院でも謹賀新年。気分だけ、香りだけだっていい。たとえ一片でも夢や希望を運んであげられれば、本当は苦しくつらい状況下でも一瞬の幸せを味わえる。ゴルフとプロゴルファーが、そんな存在であり続けてくれたら、うれしい。
ゴルフを伝える私自身も、そうできることを目指したい。
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どうでしたか?ちょっとほっとできる文章でしょう。

舩越園子さんのすばらしい感性が出ていますよね。

   パーマーの 心遣いが 伝わりて 僕の心も 幸せになる

プロスポーツの価値は、苦しんでいる人たちにどれだけ夢や希望を与えることが出来るかが大きいですね。

舩越園子さん、17年間お疲れさまでした。そして、4月からの新連載を楽しみにしています。

  独特の視点で描き楽します素顔のプロたち舩越園子

今日は亡妻の68回目の誕生日です。これからお墓参りに行って来ます。ということで、亡妻のお墓の写真でお別れします。DSC06704
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今日の曲は、桑田佳祐 悲しい気持ち