<今日の表紙>地下鉄伏見駅近くの下園公園
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日本庭園風の都心にしては珍しい佇まいの公園です。DSC07694
水路も風情があります。DSC07696
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最近読み終えたミステリー小説には感心しました。

この小説のタイトルは「王とサーカス」変なタイトルです。DSC07636


海外旅行特集の仕事を受け、太刀洗万智はネパールの首都カトマンズに向かった。現地で知り合った少年サガルにガイドを頼み、仕事を始めようとした矢先、王宮で国王殺害事件が勃発する。そして、その取材をしようとしているときに、別の殺人事件に遭遇します。主人公太刀洗万智の推理と行動が中心の小説ですが、人間の世界の難しさをネパールを舞台にして描いています。DSC07637


作者は米澤穂信です。DSC07639


2001年に実際にに起きたネパールでの王宮事件を取り込んで描いた小説です。この「王とサーカス」というタイトルに関する箇所がぼくの心に響きました。少し長いですが、人間の性にも触れる場面をどうぞ!

声はがらんどうのクラブ・ジャスミンに響いていく。
「私は目を疑った。キプロスで平和維持軍の車列が崖から落ち、二人死に、一人が大怪我を負ったというのだ。国籍はバラバラだったが、あそこにいたのはみんな仲間だった。私は混乱した。キプロスの状況は落ち着いていたが、跳ねっかえりがテロを起こしたのか?それともただの事故か?死んだのは誰だ?しかしアナウンサーは十五秒で話を終わらせた。誰もそのニュースを気にしなかった」彼はゆっくりと言う。「次のニュースは、サーカスでの事故だった。インドのサーカスで虎が逃げたという。映像は現場にいた誰かのハンディカメラの動画に切り替わった。男女の悲鳴と、そして怒り狂う虎の唸り声が聞こえた、逃げ惑う人々の合間から、ほんの一瞬だけ虎が見えた。その美しかったこと!飼いならされているはずのトラの裏切りに、猛獣使いが泣き叫んでいた。私は気づいた。パブの多くの人間が、そのニュースに釘付けになっていることを。誰かが、こいつはひでえや、と言った。嬉しそうに」
そしてラジュスワルは、細い声で付け加える。「私も、そのニュースに興味を惹かれていた。・・・・なにしろ衝撃的な映像だからな」「もしキプロスの仲間たちが事故ではなく、ロケット弾で死んでいたら、その現場の映像があったら、パブの客たちはサーカスの虎と同じように楽しんだだろう。私は教訓を得たのだ」言葉に力強さが戻ってくる。「自分に降りかかることのない惨劇は、この上もなく刺激的な娯楽だ。意表を突くものであれば、なお申し分ない。恐ろしい映像を見たり、記事を読んだりした者は言うだろう。考えさせられた、と。そういう娯楽なのだ。それがわかっていたのに、私はすでに過ちを犯した。繰り返しはしない」
娯楽という言葉が胸を抉る。違うとは言えなかった。もちろん私は娯楽のつもりで記事を書いてきたわけではない。しかし、受け取る側は?情報は奔流だ。誰も、一つ一つを真面目には受け取れない。
「たとえば私が王族たちの死体の写真を提供すれば、お前の読者はショックを受ける。『恐ろしいことだ』と言い、次のページをめくる。もっと衝撃的な写真が載ってないか確かめるために」
そうだ。そうするだろう。
「あるいは、映画がつくられるかもしれない。上々の出来なら、二時間後に彼らは涙を流して我々の悲劇に同情を寄せるだろう。だがそれは本当に悲しんでいるのではなく、悲劇を消費しているのだと考えたことはないか?飽きられる前に次の悲劇を供給しなければならないと考えたことは?」
ラジュスワルは、わたしに指を突きつける。「タチアライ。お前はサーカスの座長だ。お前の書くものはサーカスの演し物だ。我々の王の死は、とっておきのメインイベントというわけだ」ほとんど悲鳴のように、夢中で言い返す。「准尉、わたしにそんなつもりはありません」「お前の心づもりの問題ではない。悲劇は楽しまれるという宿命について話しているのだ。人々はなぜ綱渡りを見て楽しむのか。演者がいつか落ちはしないかと期待しているからだと思ったことはないか?ネパールは不安定な国だ。そして、一昨日、演者は落ちた。興味深いことだ。これが他国で起きたことなら私も楽しんだかもしれない」
ラジェスワル准尉は言った。「だが私は、この国をサーカスにするつもりはないのだ。もう二度と」
対話の終わりを告げる言葉だった。言葉は尽きたのだ。

人間の本質を問う報道は悲劇を消費王とサーカス

ネパールの乳児死亡率が高いということで、WHOが援助を差し伸べて、乳児死亡率が下がり、子どもの数が増加しました。しかし、子どもの労働力の競争が激しくなり子どもたちの世界での問題が多くなりました。簡単には世の中はよくなりません。そのことを書いています。

「あんたには何度も言った」彼が私を恨む理由を?
声変わりも迎えていないはずのサガルの声が、ひどく低く聞こえる。「俺は言ったぞ。外国の連中が来て、この国の赤ん坊が死んでいく現実を書き立てた。そうしたら金が落ちてきて、赤ん坊が死ななくなったてな」そうだ。この街に子供が多い理由を、私は聞いた。静かな声でサガルは言う。「仕事もないのに、人間の数だけ増えたんだ」・・・・・ああ!
「増えた子供たちが絨毯工場で働いていたら、またカメラを持ったやつが来て、こんな場所で働くのは悲惨だとわめきたてた。確かに悲惨だったさ。だから工場が止まった。それで兄貴は仕事をなくして、慣れない仕事をして死んだ」私は聞いた。何度も聞いていた。「こっちが訊きたい。どうして憎まれないと思ったんだ?あんたがカメラを持ってこの国に来たその時から、あんたは俺の、俺たちの敵だった。俺は何度も言ったぞ。あんたのようなよそ者が訳知り顔で俺たちは悲惨だと書いたから、俺たちはこの街で這いずりまわっていると。上を向いて王さまの話ばかり聞いていたせいで気づかなかったのかよ!」喉の奥から絞り出すような声が、突き刺さってくる。

今年読んだ本の中でも、「未必のマクベス」早瀬耕著とならんですごく面白かったです。

昨日の美しい夕暮れ時のパノラマでお別れします。DSC07713


今日の曲は、米津玄師 サンタマリア