<今日の表紙>哲学者鷲田清一の昨日の折々のことば
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私は自分のことを「私は」と語り出す。が、「私」は私だけが使う言葉ではない。だれもが自分のことを「私」と言う。そのかぎりで「私」はもう私固有のものではない・・・・・。

哲学者は物事を難しく考えるのが得意なようです。

27日から読書週間です。

最近は、もっぱら古本を読みまくっています。

経済小説「ハゲタカⅡ上、下」真山仁著、078
ミステリー小説「変身」東野圭吾著、スポーツ(野球)小説「ラストダンス」堂場舜一著です。079


購入費用は合計400円です。

どれも面白くてかなりの速度で読み終えました。

あらすじはさておいて、小説の中には、僕たちが生きる上での哲学的な言葉がよく出て来ます。

多分、作者が日常的に思っている言葉だと思います。

今日は、僕が読んでいて感じたそんな部分を抜粋して書きますので、皆さんにも何かを感じていただければと思います。

経済小説「ハゲタカⅡ」から3つ

だが本当の日本とは何だろうか。少なくとも正義や道理のために命をなげうつ国ではないことだけは確かだった。現代の日本には、外国人がよろこぶ「武士道」も、「ハラキリ」の形跡もない。
「日本は世界一豊かで安全な国。清潔だし食べるものもおいしい。そして素晴らしい工業国だ」
何をもって豊かと呼ぶかは別にして、概ね彼らが称賛する日本のイメージは当たっている。だがその一方で、自分たちが何を持っていて、世界から何をうらやましがられているかに気付かない国であるということもあらためて知った。

「社会を制するものは二つある。一つは分かりやすさであり、もう一つは人の心を打つこと。我々はそれを目指そうと思ったんです」

「サムライというのは、死に場所を探すために生きていることだと多くの人たちは勘違いしている。本当のサムライは、いつどこで死んでも悔いのないよう、どう生きるかを常に考えているのだ。それを政彦は言葉ではなく生き様として見せてくれるんだ。日光で二人で散歩していた時にそう語ってくれたアランのことばが忘れられない。だが、今の君は何だね。まるで死に場所を探し求めてさまよう亡霊のようじゃないか。サムライ魂はどこかに置き忘れてきたのかね」

ミステリー小説「変身」から1つ

「それは死ぬってことなんだよ。生きているというのは、単に呼吸しているとか、心臓が動いているとかってことじゃない。脳波が出ているってことでもない。それは足跡を残すってことなんだ。後ろにある足跡を見て、たしかに自分がつけたものだとわかるのが、生きているということなんだ。だけど今の俺は、かって自分が残してきたはずの足跡を見ても、それが自分のものだとはどうしても思えない。二十年以上生きてきたはずの成瀬純一は、もうどこにもいないんだ」

スポーツ小説「ラストダンス」から1つ

野球はすっかり科学になった。変化球の正体が解き明かされ、傾向と確率が支配する世界。ゲームをコントロールするキャッチャーである樋口は、その最先端にいなければならない立場なのだが、それでもデータの先にある「何か」の存在を信じていた。「一流」と「超一流」を分けるもの、それはやはり、技術という枠では語りきれない何かなのだ。ド根性でも火事場の馬鹿力でもなんでもいいが、とにかく真田はそれを持っている。

最後に、スポーツ小説「ラストダンス」の解説から1つ

ラストゲームの最中、真田が「楽しい」と感じる場面がある。緊迫感の中にふと入ってきた「楽しい」というプリミティブ(原始的、あるいは素朴)な思い。そこが本書の白眉である。完全試合の帰趨より、「楽しい」と感じる瞬間こそがクライマックスと言っていい。それは、例えばミステリーなら犯人を名指しするシーンのような、恋愛小説なら恋が成就するシーンのような、物語のすべてがそこへ流れていく一つのゴールである。

以上ですが、「楽しい」と感じることが多い生き方が出来れば幸せですかね。

  読書する 習慣あれば 人生は いろいろなこと 感じて楽し

朝日を浴びて輝いている今朝の雲のパノラマでお別れします。008


今日の曲は、山崎まさよし 8月のクリスマス