<今日の表紙>これは何の写真でしょう?
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氷の海に太陽があたっているようです。

実は、昨日の空です。空はキャンパスと言われるだけあって、いろいろ僕たちを楽しませてくれますね。

ついでに今朝のパノラマ、017


昨日の夜のパノラマです。001


世の中は、刺激的ですね。

昨日、喫茶店で隣にいたオバサンと話がはずみました。だいたい年寄り同士の話は健康の話題です。

このオバサンのお母さんが認知症だったとのこと。7年半お世話をしたと話してくれました。

今年の8月18日のブログで、昨年の8月18日に認知症にならないための僕の新説「一日一回以上何かのことを真剣に考えよう」をリアップしました。

その時のことが頭に浮かんできました。

認知症は脳の糖尿病ですので、糖尿病にならないように生活するとリスクが低下する。

脳のトレーニングと食生活の工夫と運動との連携プレーでリスクを抑えることができる。

その上で、僕の新説は、一日に一回以上何かの事を真剣に考えようということでした。

僕だったら、ブログネタを考えるとか、その延長線上でつれづれ短歌を考えるとかです。

これは、アクティブな行動です。

今回は、止めようという行動です。

それは、タイトルにも書きましたが「テレビをできるだけボーっとして見ないように心がけましょう」です。

僕は小学校5年から今までずーっとテレビを見て来ました。

日本中の多くの人がテレビは生活の必需品です。

僕が止めて欲しいのは、生活の必需品だから、強い意志を持って見る気がないのにスイッチを入れて見てしまうことです。自分が見たい番組が終わってもテレビのスイッチを入れたままにしておく。こういう状態をなくすという事です。

テレビは、映像と音の両方で僕たちの脳に情報を与えます。そうすると思考が出来なくなることも珍しくありません。

我が家では、(今は一人ですが)食事時にはテレビは見ないことでやって来ました。

会話がなくなるとか、料理の味を楽しめなくなるとかが理由でした。

認知症は脳の糖尿病です。生活習慣病です。だとしたら、自分の強い意志を持ってテレビを見ない習慣を50代の前半ぐらいからはつけることが必要です。

ぼーっとしてテレビを見てきたことはだれでも経験があるでしょう。それをやめて本を読むとか音楽を聴くとか何かを調べるとかすることがいいでしょう。

年を取り、時間に余裕ができて、家にいる時間が長くなると、ついついテレビとお友達になりやすいです。

必要もないのにテレビを見る時間が多くなると頭を使う時間が減り、認知症になりやすいと思います。

今の若い人たちは、ネットをよく見ているし、ゲームも盛んにしているので、お年寄りよりもテレビを見ていないでしょう。そういう意味では、今のお年寄りより将来認知症にかかりにくいのかも知れませんね。

再び、昨日の喫茶店で会ったオバサンの話ですが、認知症を発症した人の症状を遅らせるには、やっぱり会話をすることが大事だそうです。

いまの生活は、パーソナル化しています。ということは、会話をする機会が一人暮らしのお年寄りは特にですが少ない社会になっています。

テレビをぼーっとして見ない習慣を身に着けると認知症予防になるでしょう。

テレビから 離れた世界 見渡すと 面白い事 周りにいっぱい

ご自身のお母さんが認知症だった 「認知症を知る」 飯島裕一著 に書かれている印象的な文章でお別れします。022


愛の反対は憎しみではなく、無関心である。これは、ノーベル平和賞を受賞したマザー・テレサの言葉です。介護もまさに、相手に関心を持つことから始まります。相手の心に近づいていくには、コミュニケーションを深めることです。

宇宙は自分を認識するために、人という知的な生き物を作り出しました。脳は宇宙の反映なのです。
たった千数百グラムの脳が、私たちの精神や行動のすべてを支配しているのです。そして知恵と文明を持った人類は、長寿の達成という偉業を成し遂げました。
アルツハイマー病を中心にした認知症は、老化によって精緻な脳が自滅していく病気です。脳の寿命が体の寿命に追いついていけないことによって生じるのです。高齢社会を生きる私たちの現代病であり、万物の霊長である人類にとって、進化のパラドックッス(逆説)でもあります。

今日の曲は、松任谷由実 リフレインが叫んでいる