<今日の表紙> 滋賀県立近代美術館前の池をバックに紅葉と2ショット
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今、京都のホテルです。

京都に来る前に、大津市にある滋賀県立近代美術館に立ち寄りました。026


僕は、3回目です。

2回目は、6年ほど前になります。

亡妻と一緒に、おばあさんのお見舞いに行った帰りに立ち寄りました。

この美術館は、広大な敷地の公園の一角にあります。

近くには、竜谷大学があり、今日は道を間違えて大学に入りました。

駐車場の入口には、プラタナスの並木があります。030

駐車場にはこんな注意書きがありました。029


そして、今日の表紙の美しい池のほとりでは、散歩している人たちが見受けられます。021
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美術館への道沿いには木立が多く、夏は涼しそうです。

僕のお目当ては、この美術館の常設展示の画家 小倉遊亀(ゆき)の作品です。031


特に、観たいのは、磨針峠(すりはりとうげ) です。

過去、2回 亡妻と一緒に観ましたが、その迫力に見入りました。

同じ画でも、観るたびに違う感覚があります。

僕のブログでも、今年の1月12日のブログ「日本人とユダヤ人」で少し紹介しています。

美術館に入り、チケット(950円)を買って、磨針峠が展示している常設展示場に
行きました。

そして、6年前に展示していた場所に行きました。

あれー!ないぞ。  

ぐるーっと見て回りましたがありません。

他の小倉遊亀の画は展示してあるのに!どうして。

係りの人に聞きますと、この美術館には50点ほどの小倉遊亀の画がありますが、
全部を一挙に公開はしていなくて、展示している時期としていない時期があり、
それもいつ展示するかは、決まっていないそうです。

ということで、磨針峠を観に来るときには、電話をして確かめてくださいと言うことです。

仕方ありませんので、小倉遊亀のこの美術館のコレクションが載っている雑誌を
買いました。

これが、磨針峠です。039


小倉遊亀 52歳の時の作品です。(1947年)

屏風絵で、2枚(各168cm×176cm)の大きさです。(2曲1双)

この画は、戦後の荒廃の中、人々に勇気を与えようとの作者の思いを具現化した
大作です。

とある青年僧が、修行に耐え切れず京から帰郷の途中の峠で、老婆が斧をといで
一本の針をつくる光景に出会い、自分の怠惰に気付いて京に戻り修行にはげみ
高僧になった、との伝えに因む。老婆は、観音の化身で、僧を導くために出現したという。
この僧は、若き日の弘法大師とも言われています。

悟りきれず悶々と山道をゆく僧と、僧の迷いを解かんと導く老婆。
僧の背後の山シダ生う山道と、観音である老婆を照らし出す光明。
両者のコントラストが見事です。

僕も、この解説の通り、老婆の穏やかな表情(周りと一体化したような細く薄いタッチ)040

僧の迷いのある表情(細くても、強いタッチ)041
のコントラストが鮮やかだと思いました。

小倉遊亀は、105歳まで生きた、日本の女流画家を代表する画家のひとりで、こんな優しい
日本的な画も描いています。042
舞妓(1969年)

そのほか、多くの色彩豊かな風景画や静物画を描いています。

でも、僕は、多分、彼女の長い人生の中で、磨針峠ほで、精魂を傾けた作品は
無いと思います。

今度は、電話して、観にこようと思います。

     小倉遊亀磨針峠観れずして紅葉の池我をなぐさめ

        今日の曲は、岩崎宏美 糸