2017年08月

ALS(筋萎縮性側索硬化症)がもたらした家族愛の感動する映画です。「ギフト 僕がきみに残せるもの」

<今日の表紙>ホテルプラザ勝川のうまいもんフェスタで踊るオールダー
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昨夜のうまいもんフェスタでの60年~70年代のアメリカンポップスバンドに合わせて若い頃を思い出しながら、お年寄りたちが踊りました。DSC00847


ビールを飲み過ぎて、少し頭が痛い朝です。

先日、元アメリカンフットボールNFLのニューオリンズ・セインツのスター選手で、DSC00879
引退後にASL(筋萎縮性側索硬化症)になった、スティーヴ・グリーソンのドキュメンタリー映画「ギフト 僕がきみに残せるもの」を観ました。DSC00878


グリーソンは、ASL発病後に妻ミシェルが妊娠したことを知り、生まれてくる子に自身の思いを子どもに伝えるビデオを作りだしました。DSC00869
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そのビデオがきっかけになって、ASLの進行とともにASLに対峙した生活のドキュメンタリーが生まれました。DSC00868


子どもが生まれてからも、子どもに伝えたい自分の思いや、妻や父とのやり取りが克明にスクリーンに登場します。DSC00870
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その一つ一つのシーンが、僕に感動を与えてくれました。DSC00875


  家族とは生きるとは何?教えてくれるスティーヴからの僕への「ギフト」

名古屋では、センチュリーシネマで上映中です。僕の一押しの映画です。DSC00867


今朝の僕への神様からの「ギフト」太陽と雲の芸術作品でお別れします。DSC00890
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巨大な黄金の魚のようです。
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今日の曲は、エルヴィス・プレスリー 監獄ロック




2つの珍しいことに遭遇しました。ミクロ&マクロの世界に感動!

<今日の表紙>今朝の太陽と雲と煙の芸術作品
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今朝は煙突の煙が目立つ雨上がりのパノラマが広がっていました。(5時25分)DSC00796


昨日は、曇ったり晴れたりして、蒸し暑い1日でした。

3時過ぎに最初の珍しいことに遭遇しました。

名古屋駅前で映画を観て帰りの中央線の快速に乗った時でした。つり革の上に何かいる?DSC00642
ハグロトンボのメスです。DSC00660
僕の大好きなハグロトンボが何でこんなところにいるの?冷房の風が当たり涼しそうです。DSC00648
かなり接近しても逃げません。DSC00644
人が乗ってきて電車が発車しても平気です。手が近づいてきても気にしません。DSC00656
勝川駅までずーっとウォッチングしていました。DSC00649
途中で羽根を広げる体操(?)をしていましたがそのままです。DSC00654
どうやら終点の瑞浪駅まで無賃乗車するようです。(笑)DSC00658
お盆に田舎の安曇川のKBAの近くの小川でハグロトンボのオス(胴体が虹色)を観れて感激しましたが、DSC00087 (1)
今度は都会を走る電車の中でハグロトンボのメスに会えるなんてついています。

  つり革の上にとまりしハグロトンボ無賃乗車で涼し気にして

夕方、6時前にマンションの部屋の窓の外に目をやると、雲行きが怪しい!DSC00661
あっという間に雷雨になり、15分後には晴れてきました。DSC00737
きれいなパノラマが突然広がってきました。よく見ると、左側に虹が出ています。DSC00738
ダイナミックな雲が、夕日に映えてきれいです。DSC00741
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珍しい稲妻と虹の2ショットです。DSC00742
虹がはっきりしませんがね。DSC00765


昨日は、電車の中のミクロな世界を楽しんで、夕方は、ダイナミックなお天気の変化のマクロな世界を楽しめました。期待もしていなかった僕への神様からの突然のプレゼントでした。

生きていると、どんなことが目の前に現れるかわかりません。昨日は、まるで旅行をしている気分になれました。

ハグロトンボじゃん!スゲ~!電車のつり革の上で人が近づいてもじっとしている。スゲ~!

曇ったかと思ったら、雷雨になり、そのあとのパノラマの美しさに感動!スゲ~!虹と稲妻!スゲ~!

  突然の雷雨の後のパノラマと虹と稲妻スゲ~!連発

段々夜が更けてきた昨日のパノラマ(6時50分)でお別れします。DSC00791


今日の曲は、DAOKO&米津玄師 打上花火

生まれてから今日で365日経ちました。孫の美和ちゃん1歳 です!

<今日の表紙>生誕22日目の僕の孫の美和ちゃん
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そして、6ヶ月経った美和ちゃんです。DSC00022


僕が南米を旅行しているときの昨年8月22日に無事生まれました。cached-1760280184
22日経つとだいぶしっかりした感じになりました。DSC09889


僕の孫としては3人目ですが、初めての女の子です。娘夫婦がオリンピックが大好きでしたら、理央(リオ)と名付けたかもしれません。(笑)

昨年9月2日のブログでの美和ちゃん誕生の祝福の歌です。

  美しい 心を持ちて 和(なご)みます  美和をよろしく お願いします

今年1月2日のお風呂上りの美和ちゃんです。DSC04609


6ヶ月経った頃は、しっかりした感じになっています。DSC09991


2月の大縣神社への宮参りでの歌です。

ジージーは、美和ちゃんが健康に育って、2100年を超えて生きることを祈願しました。

  美しき 心を持ちて すくすくと 和みて育ち 22世紀へ

10ヶ月が過ぎたころのご機嫌な美和ちゃんです。DSC01545


そして、お盆での車に座ったポーズです。KIMG0211


まだ、歩けません。まだ、話せません。ということは、これからの1年間が彼女を劇的に成長させるでしょう。

あと、2年もすれば、僕との会話も楽しめるようになります。

でも、1歳の誕生日は今日だけですので、僕の祝福のコメントを書きますね。

美和ちゃん、1歳のお誕生日おめでとう!

お母さんのおっぱいから、離乳食に移行中の君。だいぶ人間らしくなって来たね。もうすぐハイハイから1歩、2歩と歩き出すことが楽しくなってくるよ。

ママとか、マンマとか言えるようになるとママとのコミュニケーションがスムーズになってきて気分もかなり良くなるよ。

ついでに、ジージーと言えるように早くなってほしいな。(笑&汗)

美和ちゃんが、健ちゃんとも仲良く、元気に遊びますように!

  すくすくと育ち最初のバースデー美和ちゃん元気に遊べと願う

生後55日目の美和ちゃんと23949日目の僕との2ショットでお別れします。DSC01033
僕が23894日生きてきた日に美和ちゃんは生まれたんだよ!

今日の曲は、さだまさし Birthday







あなたはイップスをいくつ持っていますか?(2)

<今日の表紙>今朝の遅い一瞬の日の出(5時38分)
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今朝は曇り空の朝でしたが、煙突の上に雲の切れ間が覗いていました。DSC00602
こういう日の出も待っている甲斐があります。DSC00608


先々週の金曜日にバドミントンの練習をして、先週の金曜日に1週間ぶりに練習をすると、土曜日、日曜日と3日連続して汗を流しました。

暑いので、練習に来る人が少ないせいでコートに入る回数が多くてさすがに昨日は疲れました。3日間で10枚のウェアを着ました。DSC00615
昨日のウェアです。

夜、ベッドに入ると、いきなり両ももがつりだして思わず悲鳴!つり止めを縫ってしばらく椅子に座って落ち着くのを待ちました。

最近、気になっているのが、僕のブログの人気記事の欄で、2011年12月19日の記事「あなたはイップスをいくつ持っていますか?」が突然入ってきて今日現在も2位です。DSC00614
6年も前の記事です。

原因を探ると、16日のプロ野球 阪神×広島戦で阪神の藤波投手が5回までで、7四死球を与えたことのようです。DSC00424
2ヶ月半ぶりの登板でも制球難は治っていなかったとあります。

イップス病は、ゴルフが有名ですが、いろいろなスポーツに見られます。

心理的な要因が大きく、突然自然な動きが出来なくなります。

6年前の記事では、運動ではなく、日常のイップスについての僕の対処の仕方を書きました。
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運動関係のイップスはよく話題になりますが、、話題にならない心理的なイップスは
日常生活で多くみられると思います。

会社にでてきて、おはようございます。という挨拶は、誰でも、元気よくします。

挨拶をされる方は気にならなくても、本人は、タイミングがわるく、
おはようを言いそびれることもあります。

仕事で、あの人に電話することはいやだなと思うと、電話することを躊躇するあなたがいます。

好きな異性に声をかけたり、電話をしたりすることを、躊躇するあなたがいます。

僕のブログを読んで、面白くてコメントしようかなと思っても、躊躇するあなたがいます。(笑)

相手がある場合のイップスは、相手は、自分ほど、自分のことを大事に思っていないと
気楽に考えて行動すると、スムーズに動けるような気がします。

いまだに、なぜなるのかはっきりわからない症状ですが、いいと思ったらすーっと
動けるようになる素敵な自分がいると思って行動するといいような気がします。

自分の目標とする人の行動を真似することでもいいと思います。
ひとつ真似ができるようになると、もう一つできるようになります。

考えてみれば、人は、自分から進んで行動するより、人に言われて行動するほうが
かなり楽に行動できるようになっているみたいです。

自分から進んで、周りの人に何かをするように仕向けるのは、結構労力がいります。
そういうときにも、簡単にできる人とあまりうまくできない人に別れます。

あなたの直感に従ってスムーズに行動できれば、日常のイップスはかなり解決するような
気がします。

スポーツのイップスより、生きるうえでは、日常のイップスを克服するほうが大事です。

自分の好きなことはもちろんのこと、他人が嫌がることもスーッとできる自分がいる
日常があることは、とても素晴らしいと思います。

なにかをしたいけれど、躊躇する原因は、失敗したら恥ずかしいとか、笑われるとか、
悪いイメージが膨らんでしまうことにあります。
やはり、他人は、自分のことを、自分ほど、大げさに思っていないと決めつけて
行動するとスムーズにできます。

そして、失敗しても他人にすれば、一瞬のことですぐ忘れることが大半です。

そういう風に、決めつけて、積極的に生きることが、
日常のイップスに陥らないコツだと思います。

そして、生きていること、自分から何かをすることを楽しむことが大事です。

日常のイップスをどれくらいもっているかを、確認して、ひとつひとつ克服することが
楽しくなれば最高です。

人間は、自然にまかせれば、だれでも多くイップスを抱えて生きていると思います。

イップスをより多く克服することが、その人の人生を創っていくことになると思います。
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以上が、6年前の記事の趣旨です。

イップスの語源を調べると、「子犬が吠える」とあります。

自分の心の中から「子犬が吠える」ような気がして、それが気になって思うように体が動かなくなることのようです。

僕のバドミントンでも、イップスを経験しました。

20代の頃、サーブが思うように打てなくなりました。

それ以来、サーブが苦手になりました。でも、克服するために、フォアハンドサーブからバックハンドサーブに切り替えて今に来ています。070
5年前の僕です。

人間の身体は複雑ですから、心理的な体験などが負荷となってイップスを引き起こすようです。

運動でも、日常のちょっと引っ込み思案の習慣でも、イップスがやってくることが珍しいことではありません。

特に、対「人間」という状況がイップスを引き起こしています。自分からの動作で何かを始める時に起きるようです。

藤波投手は、打者が立たないときや、左打者の時は平常心で投げられるようです。

僕でも、相手のコートに誰もいなければいいサーブを打てました。

月並みですが、イップスはそれぞれの人に神様が与えてくれた試練だと思うことです。

克服方法は、各自で編み出すことがポイントです。

  イップスは不思議な病突然の神様からの人へのギフト

大まかには、ゴルフですと、パターの握り方を変えたりしています。野球ですと、投げる位置や投げ方を変えたりしています。

藤波投手は23歳とまだ若く、イップスを克服しての今後の活躍を祈ります。

今日の朝日新聞 折々のことば でお別れします。DSC00592
最後に(<「社会」から離脱し、「私」の中に<社会>をつくること。それが「文学」>だとの思いとも響き合う。)とあります。

今日の曲は、マイペース 東京



「閑(しずか)さや岩にしみ入る蝉の声」蝉の声は何ゼミ?面白い8月14日の天声人語

<今日の表紙>久しぶりに見れた今朝の御嶽山
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今朝の日の出前のパノラマ(5時18分)は、すっきりとしていました。DSC00551
恵那山もばっちり!DSC00554
日の出は煙突のそばからです。DSC00562


子どもたちの夏休みもあと12日になりました。

NHKラジオでは、今の時期は甲子園ですが、その前は子ども電話相談室です。

その中で、ひまわりはどうして種が多いのですか?という質問。DSC00441


先生の答えは、黄色い花の中の茶色い部分も実は小さい花の集合体ということです。DSC00442
黄色い花でハチをおびき寄せて、茶色い小さい花に受粉させて多くの種を作るんだよ。

僕も勉強させていただきました。

今日の本題は、8月14日の天声人語です。DSC00433
出だしです。元禄の昔、芭蕉は出羽の旅で<閑さや岩にしみ入る蝉の声>と吟じた。では実際に耳にしたのは何ゼミか。

先日の僕のブログ「もっとヘンな論文」サンキュータツオ著の論文のテーマにもなりそうです。(笑)

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やっぱり、有名な句だけあって、何ゼミかを推理した人が結構いるんですね。

歌人斎藤茂吉は「ジリジリ」と鳴くアブラゼミ説。DSC00529


独文学者小宮豊隆は「チーー」と細い声のニイニイゼミ説。

茂吉は、芭蕉に遅れること二百数十年、芭蕉と同じ季節に同じ寺を訪ねた。別の折には現地で捕れたセミの標本も調べた。粘りに粘るが、最後は「私の結論には道程に落ち度があった」と降参した。
「時期や標高からするとアブラゼミ説よりニイニイゼミ説に理があります」と昆虫学者の林正美・埼玉大名誉教授。

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林さんによると、近年本州都市圏で生息域を広げるのは「シャワシャワ」と合唱するクマゼミだ。「ほかのセミと違って踏み固められた公園の土中でも育つ。ヒートアイランド現象にも耐えられる」とあります。

恐るべき「クマゼミ」!DSC00543


逆に減る兆しがあるのはニイニイゼミやツクツクボウシだ。成長に欠かせない軟らかくて湿った土壌が細ったためらしい。ヒグラシも都会ではめっきり聞かなくなった。

<やがて死ぬけしきは見えず蝉の声>芭蕉。
行き急ぐかのごとく一心不乱に鳴くセミの声に、人は命のはかなさを思う。環境激変の世、俳聖が聞いたとおぼしきニイニイゼミとて運命は予測しがたい。
二百数十年後、日本の夏空に蝉時雨は響いているだろうか。

二百数十年後の日本の夏はどんな夏なのでしょうか?せめて、蝉の声が聞ける夏でありますように!

地蔵川での8月のつれづれウォーキングの時の一句

  涼しさや川面に映える蝉時雨

日本の夏の花ムクゲでお別れします。DSC00546


今日の曲は、かりゆし58 嗚呼、人生が二度あれば





蝉の声小さくなりてトンボ飛び・・・(つれづれウォーキング地蔵川8月2017(2))

<今日の表紙>地蔵川のウスバキトンボ
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今朝は、久々によく晴れたパノラマで明けました。(5時14分)DSC00449
日の出を見ようと待ちかまえていたら、煙突の煙の中からでした。(5時31分)DSC00459
即煙食の始まりです。DSC00465
そして、珍しいことに日の出の軌道と煙突の煙の方向が一致して煙から太陽が逃れられません。DSC00477
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太陽が煙突の煙から逃れた8時過ぎから、DSC00498
久しぶりに地蔵川へつれづれウォーキングに行きました。DSC00503


昨日の豪雨の痕跡が残っています。DSC00510


亀さんが日向ぼっこをしています。DSC00504
よく見ると、右上の亀さんはスッポンのようです。DSC00506
地蔵川では初めて見ました。コサギさんは川の水が多いせいで立っているのが辛そうです。DSC00530
鯉さんたちは、相変わらず元気です。DSC00517
プロ野球状態です。(笑)僕のとなりに土鳩がやってきてアップでお願いしますと言いました。DSC00518
それを見ていたオシロイバナが花を閉じました。DSC00521


蝉の声が小さくなっています。DSC00543
ウスバキトンボが飛んでいるのが目につきだしています。DSC00523
地蔵川に秋が近づいているようです。

  蝉の声小さくなりてトンボ飛び夏から秋へ地蔵川流る

亀さんの宇宙遊泳でお別れします。DSC00532


今日の曲は、長渕剛 とんぼ

感動する本は、電車内では読めません。何で? 「オシムの言葉」木村元彦著 再読

<今日の表紙>昨朝の真夏のJRセントラルタワーズ
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木の緑が涼しさを感じさせます。今年3月には、夜桜が満開でした。DSC06977
僕の好きなビューポイントです。

僕は、電車に乗っている時には、よく本を読みます。

最近は特に涙もろくなっているせいか、感動すると涙がにじんできます。ということで、本の中で感動する場面が多いと涙がしょっちゅう出てきます。

電車の中であっても涙がにじんでくるので困ります。やばいと思って途中で止めてしまうことも多いです。

最近、再読した「オシムの言葉」木村元彦著は、何回も涙が出てきましたので困りました。009


ボスニア・ヘルツェゴビナ出身の元サッカー日本代表監督、その前は、ジェフ市原監督のイビツァ・オシムの言葉です。010


1990年代民族紛争に明け暮れた、旧ユーゴスラビアのサッカー代表監督でもありました。

あのストイコビッチを見出した監督でもあります。

僕は、熱烈なサッカーファンではありませんが、なぜかオシムは大好きな監督です。

言葉は極めて重要だ。そして銃器のように危険でもある。

彼の口から発する言葉は、僕を魅了します。

それは、彼が子供時代、旧ユーゴスラビアでの極貧の生活で、毎日生きるためにどうすればいいかを考えることが必要だったことに始まっています。この習慣はのちのサッカー人生で生かされます。

そして、サッカーのプロ選手となり、引退して指導者としての道を歩きはじめると、祖国は民族紛争に翻弄されることになりました。

ユーゴスラビア最後の代表監督として、むつかしいかじ取りをしなくてはいけなくなりました。

故郷のサラエボは、1984年冬季オリンピックが行われましたが、メイン会場は民族紛争のサラエボ包囲(1992~1996年)のために12000人以上が殺害されて、墓地になりました。

そんな経験が、オシムの言葉 を生む土壌となりました。

2003年、日本へ来て、ジェフ市原の監督として素晴らしい実績を上げ、2006年から日本代表監督として指揮を執っていましたが、2007年11月脳梗塞で倒れて退任。

2011年に、ボスニアのサッカー協会の「正常化委員会」の委員長として活躍して、2014年のブラジルW杯に代表を送ることが出来ました。

前置きはこれくらいにして、僕が印象に残った、この本の著者 木村元彦が書いたオシムの言葉を少し紹介します。013


<ユーゴスラビア代表監督時代の選手選びについて>
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テクニシャンはあふれかえるほどいたが、他の選手を使ったり使われたり、周囲と絡むことができて、走れる選手というと一気にしぼりこまれた。・・・・
「一般的には、個人プレーが強い人間を人々は好む。しかし、私はひとつのチームをつくることをまず考えて、その上で機能する選手を選ぶ。当時この3人は汗かきも囮にもなることも厭わない選手だった」
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<オシムの哲学について質問された時の言葉>
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「私の人生そのものがリスクを冒すスタイルだったんです。前も話しましたが、プロとしてプレーする時も、最初は大学で数学を専攻していて、数学の教授にもなれたし医学の道にも行けた。でも、自分がサッカー選手として、この先やって行けるかどうか分からない状態でも、私はリスクを背負ってサッカーの世界へ飛び込んだ。だから最初から、私はサッカー人としてリスクを背負っている。これはあくまでもプライベートのリスクですが」
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<今日は恐怖心を持ってプレーした選手はいましたか?の質問に>
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「あなたは見つけられましたか?山岸も佐藤も結城も羽生もいいプレーをしてませんでしたか?恐れとは自分の責任感に対して持つものです」
ただ聞くだけではなく記者も自分の意見を持て、といつも言う。このオヤジは日本のジャーナリズムまで鍛えようとしているのか。
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<監督としての哲学>
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「作り上げることより壊すことは簡単なんです。家を建てることは難しいが、壊すのは一瞬。サッカーもそうでしょう。攻撃的ないいサッカーをしようとする。それはいい家を建てようとする意味。ただ、それを壊すのは簡単です。戦術的なファウルをしたり、引いて守ったりして、相手のいいプレーをブチ壊せばいい。作り上げる、つまり攻めることは難しい。でもね、作り上げることのほうがいい人生でしょう。そう思いませんか?」
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<ボスニアがブラジルW杯出場を決めた試合翌日のインタビュー>
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「これでボスニアがサッカーでまとまったというのは楽観だ。まだそうなってはいない。しかし、ボスニアはこれまで政治はもちろん、いろんな分野で成功がなかった。人間は失敗の中で生きるのではなく、成功の中で自己の思想や感情を進化させてゆく。特にあの戦争の後、全てが荒廃して、一生を貧困のまま多くの人が考えていた。そこにサッカーがやって来た。人々は誇りを取り戻し、何かに近づいた様な気がしたのだ。まるで、国が再生し、新しい冒険を始めたかの様だった。もちろん皆がサッカーを愛する必要はない。しかし勝利を喜ぶ姿を見るだけでも国民は幸福を感じる。何故かは重要ではなく、その気持ちが重要なのだ。あなたは何かの一部なのだ。人々と共に行動する。道に出て歌い、踊る。希望が戻り、国家が再び生き始めた。政治は何もしないで沢山のものを手に入れる。しかし、サッカーは逆だ。プレーをすることで沢山のものを手に入れる。そしてサッカーは多くのものを再び結びつけることができる。今回、ボスニアチームも正常化委員会も指導者もサポーターも多民族であったということが重要なのだ」「・・・・・見ただろう。ボスニア国民は昨夜、外に出て歓びを爆発させていた。希望と生きがいが戻って来た。一番大切なのは自分が生きているということを感じることなのだ」
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イビツァ・オシムは、現在76歳です。DSC00425
これからもボスニア国民や僕たちを「言葉」で勇気づけてくれるでしょう。

  サッカーで人生の意味伝えます希望生きがいオシムの言葉

ボスニアを愛する情熱家オシムのような、ハイビスカスの花でお別れします。DSC00423


矢沢永吉 東京







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