2017年06月

感動しました!「戦争は命を奪うが、僕は、命を救う」TRUE STORY 映画「ハクソー・リッジ」

<今日の表紙>梅雨空の中央線の車窓から見えた富士山
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どんな見え方の富士山でも、見えただけで何故か感動します。26日に石和温泉へ行ったときに甲府駅に着く前に見えました。

先日観た映画「ハクソー・リッジ」は、今年観た映画でもっとも感動した映画でした。DSC01365


キャッチコピーは、「戦争は命を奪うが、僕は、命を救う」です。DSC01356


ハクソーとは、のこぎり、そしてリッジとは崖の意味。

沖縄の激戦地の日本名「前田高地」を米軍は「ハクソー・リッジ」と呼んでいました。DSC01361


実在した主人公デズモンド・ドスには、アメイジング・スパイダーマンを主演したアンドリュー・ガーフィールドです。DSC01355
いろいろな表情が魅力的な俳優です。DSC01364

宗教上の理由から武器を持たないで、衛生兵として戦争に参加したデズモンド・ドスが、ハクソー・リッジの激戦地から75名もの兵士を救い、崖の上から下におろす奇跡的な事実を映画化しています。DSC01360
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  戦争は命を奪うでも僕は命を救うハクソー・リッジで

映画の中で、ドスの上司のグローヴァー大尉役のサム・ワーシントンがこの映画の感想をこう述べています。DSC01371

戦争は人間の最も残虐な部分を引き出す。だが、時に戦争は人の最も素晴らしい部分を引き出すこともあると思う。世の中は戦争に関する映画で溢れ返っているけれど、これまでになかった新しい視点で戦争をとらえたこの映画は、非常に素晴らしい作品だと思う。

奇跡の75名の救出をしたのち、再びハクソー・リッジでの戦闘に向かう前、司令部に10分の遅れを神への祈りのためと説明しているグローヴァー大尉と、DSC01358
その目線の先で土曜日が安息日ということで、部隊全員が見守る中、祈りをささげるドスです。DSC01357
このシーンは終盤での最も感動的なシーンです。

実際のデズモンド・ドスは、2006年3月23日、僕の55歳の誕生日に87歳で亡くなっています。DSC01367
これも、何かの縁でしょう。

「ハクソー・リッジ」は、今年、僕が最も感動した映画です。

生後10ヶ月を過ぎた僕の孫の美和ちゃんで6月は、お別れします。DSC01125
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離乳食も美味しい!

今日の曲は、6月2日のブログで紹介した本の映画「君の膵臓をたべたい」(7月28日公開)の予告編(ミスチルの新曲himawari)

子どもでも白さ際立つ鯉の中・・・(つれづれウォーキング地蔵川6月2017(3))

<今日の表紙>久々に地蔵川で見れた白い鯉
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地蔵川の鯉は橋の上を通ると、餌をもらえると思って橋の下に群がってきます。DSC01320
錦鯉は目立ちますが、ひときわまだ子どもの鯉の白さは際立ちます。DSC01326
6月の最初のつれづれウォーキング地蔵川で見かけてから、少し大きくなったようです。DSC01332


  子どもでも白さ際立つ鯉の中まるで将棋の藤井四段

今朝は、曇り空の中の6月最後のつれづれウォーキング地蔵川に行きました。DSC01305

あいにく亀さんファミリーは留守でしたが、見ごろの花が多く見れました。

地蔵川の近くの畑には、アガパンサスや、DSC01310
ルドベキアがきれいでした。DSC01311

しばらく歩くと、いろいろな色のオシロイバナも咲き始めていました。DSC01334
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可愛いツユクサです。DSC01338
そして、可愛いランタナです。DSC01339
モントブレチア(?)でしょうか、鮮やかな花です。DSC01341

民家の軒先に今の時期よく見かけるノウゼンカズラです。DSC01348
今の時期に花が咲いているヤマボウシです。DSC01347


梅雨空の中、きれいな花や鮮やかな白い鯉を見れて楽しかった6月最後のつれづれウォーキング地蔵川でした。

先日の境川カントリークラブで見た鮮やかなピンク色したマツバギクでお別れします。DSC01254


今日の曲は、EXILE 真夏の果実


いいお天気(?)の中、100点のゴルフが出来ました。スコアですが。(汗)

<今日の表紙>境川カントリークラブ名物の杉ぼっくりいや松ぼっくりです。
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ヒマラヤスギは松の一種ですので杉ぼっくりではなくて松ぼっくりなのです。(笑)DSC01262
境川カントリークラブには、大きなヒマラヤスギが多くあり、今は松ぼっくりが成長しています。DSC01258


昨日は、僕の古くからの友人の8年前に亡くなった山田さんの追悼ゴルフを境川カントリークラブで上田さん(右)と村上さんと3人で行いました。DSC01251
朝から曇り空で暑くもなくいいお天気でした。DSC01248


今年初めてのゴルフといことで、目標スコアを100に設定してスタートしました。

前半のハーフは51で、後半のハーフは49ということで、トータルちょうど100。

目標通りでしたが、99打目の1メートル半のパットが5センチショート。後半はかなりバテバテで夏場のゴルフはかなりスタミナが必要です。

  初めての今年のゴルフ目標の100で終わって何故か悔しい

境川カントリークラブは、ヒマラヤスギの他にいろいろな種類の木が育っていてプレーヤーの目を楽しませてくれます。

夏椿の花です。DSC01260
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トチノキの大きな葉っぱです。DSC01266
赤松です。DSC01270
シラカバもぽつんとあります。DSC01272


いろいろな木や花を見ながら、山田さんとの思いで話をしながらプレー出来て楽しかったです。

境川カントリークラブを後にして、DSC01279
宿のホテル春日居に帰り、ゆっくり温泉に浸かり楽しい夕食です。DSC01284
12階のワインバーで夜景を見ながら、ワインを飲みながら雑談に花が咲きました。DSC01288


8年前に66歳で亡くなった山田さんの追悼ゴルフも楽しく終わり、DSC01240
これで山田さんもしばらくの間天国で待っていてくれると信じています。(笑)

食事前にホテルの庭に見たハグロトンボのメスでお別れします。DSC01282
ちなみに地蔵川で見かけたハグロトンボのオスです。108


今日の曲は、今井美樹 氷のように微笑んで



これから今年初めてのゴルフです。故人の山田さんが頭に浮かんだことがきっかけです。

<今日の表紙>1998年の山田さんと僕(47)の2ショット
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19年前の写真です。
そして、ゴルフ場での2ショットです。DSC01240

山田さんは東京のライズビデオ(株)の前社長で、現役のまま、くも膜下出血で8年前に急死しました。

1985年からの友人で生前は楽しくお付き合いしていただきました。

1ヶ月半ほど前に、夕食を外で食べて帰って、缶ビールを飲んで家でくつろいでいるときに、何故か、突然山田さんが頭に浮かびました。そして、生前の楽しかったエピソードが思い出されました。

翌日、現ライズビデオの社長の上田さんにそのことを話して、「山田さんは何歳で亡くなった?」と聞くと「66歳でした」と答えが帰って来ました。

僕の今が66歳ですので、天国から山田さんが僕を呼んでいる気がしました。

山田さんには、もう少し待っていただいてほしい。

ということで、よく一緒にゴルフをした境川カントリー倶楽部で追悼ゴルフをすることを企画しました。

昨夜、ホテル春日居に、上田さん(中央)と村上さんと僕が集合して前夜祭をしました。DSC01247


山田さんの事を肴にして楽しいひと時を過ごせました。

山田さんは生前ゴルフはかなりお上手でした。

境川カントリー倶楽部でもいいスコアで回られてよく負けたことを思い出します。

うぬぼれ屋さんだった山田さんを追悼して、夏坂健著「地球ゴルフ倶楽部」からということで、その勝負の前に、地球ゴルフ倶楽部 夏坂健著 の第2打より「自惚れは、スプーン1杯ほどに」をゴルフのプロローグとします。012

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冗舌で芝居っ気たっぷりなマックス・フォークナーは、1951年にアイルランドのポートラッシュで行われた全英オープンの優勝者である。
しかし、ほとんどのアメリカ人は、このイギリスのプロがどんな顔の男なのか、知るよしもなかった。さらに、マックスは、1947年から通算5回もライダーカップの代表に選ばれているが、新聞に載るのはスター選手ばかり、どちらかというと地味な彼の顔が紙面を飾ったことはない。つまりほとんどのアメリカ人は彼を知らなかったのだ。

フロリダでのゲームを終わらせた彼は、もう1日ニューヨーク見物をするつもりで、ひとりでホテルのバーにもたれ込んでいた。すると、二人連れの紳士に話しかけられ、意気投合、やがて一人のアメリカ人が、
「あんたもイギリス人なら、ゴルフぐらいできるだろう」
「まあ、少々」
「そいつはけっこう。明日一緒にどうかね?朝8時に迎えにこよう」
迷っている彼の耳にこう囁いた。
「前もって言っておくが、おれのハンディキャップは5、あいつは7だ。ゴルフだけは人に負けたことがないのが自慢でな。きみにも十分なハンディキャップをあげる代わりに、1ホール5ドルでどうかね?」
これでマックスの気持ちが決まった。

翌朝コースに到着すると、本来右利きのマックスが左打ち用の貸クラブでゲームを始めた。それでも前半の9ホールで2アップしたというから、思うだに恐ろしい腕前である。

後半に移る前、しきりに首をひねる二人に対して、彼は鷹揚に話しかけた。
「次の9ホールでは、私のほうからハンディキャップを差し上げましょう。どうです、右で打つというのは」
「そ、そんな芸当できるのかね!?」
「やってみましょう」

本来の右打ちに戻った彼は、なんと5つのバーディを奪って「31」のあがり。よせばいいのに途中で掛け金をつり上げた二人組から、故郷に戻る足代に加えてお土産代まで頂戴したのだった。ここでおかしいのが男の態度。完膚なきまでに叩きのめされたはずが、まったく懲りていないのだ。

「きょうのお前さんは絶好調。おそらく一生に二度とはないゲームをやったと思うね。それに比べて、おれはイマイチ。ま、ゴルフとはこんなもんさ。次は覚悟しろよ、連絡を待っているからな。しかし、お前さんには才能ってものがある。ゴルフと本気で取り組む気になったら手紙を寄越しな。いいプロを紹介してやるから」

そういって、ピストルを撃つ真似をしたというのである。負けた男の全身から立ちのぼる無念、負け惜しみ、自惚れ、思い上がりには恐れ入るばかりだが、ちょっと待て。

彼はあなたによく似た他人、ゴルファーには共通して懲りないところがありはしないか。

率直な話、ゴルフ名言集をめくると、
「この偉大なるゲームから、私は謙虚さを学んだ」
そんな意味の言葉が、どっさり収録されている。しかし、謙虚すぎると闘う心が挫けてしまうのも事実である。心のどこかに、「スプーン1杯ほどの自惚れ」 を持たないことには、このゲームのつらさに押しつぶされてしまう恐れもある。
自惚れは、たとえばドライバーの飛距離であってもいい、パットの腕前をひそかに誇るのも悪くはない。自分の得意を「他人に語ることなく」、ひめやかに自惚れること。ここから進歩の輪がゆっくり広がるのだと思う。
マックス・フォークナーに叩きのめされた男が、もしあそこでポッキリ折れてしまったならば、彼は二度と立ち直れなかったはずだ。ピストルで相手を撃つジェスチャーこそ、ゴルファーに要求される資質の一つなのである。・・・

・・・、多少の自惚れがなければ、むずかし過ぎるゴルフなんぞやってられるかって。
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どうですか、ゴルフの世界では、面白い、そしてためになるエピソードがいっぱいありますね。

  うぬぼれが勝負の行方左右するゴルフできれば楽しいけれど

それでは、行ってきまーす!

山田さんが写っている写真を探したときに偶然見つけた1988年の若い僕(37)でお別れします。DSC01243
約30年前の姿です。

今日の曲は、スピッツ 1987→



最高齢ペアの初勝利は遠かった!(第83回愛知県社会人クラブチーム対抗バドミントン選手権大会)

<今日の表紙>昨日の試合に臨む平均年齢56歳の名北クラブ(C)のメンバー
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昨日は、前期リーグ戦の残りの2試合をするために、東スポーツセンターへ行きました。

地下鉄のナゴヤドーム前矢田駅からの通路は中日ドラゴンズロードということでドラゴンズの選手の写真が飾っています。DSC01221


試合が始まっています。DSC01204


先週審判をした1部の試合も一緒の会場です。優勝したハリーアップのエース 中口選手の豪快なジャンピングスマッシュです。DSC01207


僕たち、10部の名北クラブ(C)は先回1勝2敗でした。

今回の2試合も残念ながら善戦むなしく0-3、0-3でトータル1勝4敗で全体の5位で終わりました。

今回も、富田さん(72)と僕(66)の最高齢ペアで1試合しましたが、善戦しましたが、0-2で初勝利ならずでした。(涙)DSC00602


  年齢の壁に阻まれ勝てません笑顔は若い最高齢ペア  

川原・鄒ペアです。DSC01210
21歳の若手とシングルスでファイナルゲームまで戦った川原君(62)です。DSC01213
同じく24歳の若手とファイナルゲームまで戦った三階君(52)です。DSC01220


昨日の試合で、名北クラブ(A)(B)(C)の試合がすべて終わりましたので、試合後小樽食堂大曽根店で打ち上げをしました。

(A)チームは3勝2敗での3位で6部残留、(B)チームは0勝5敗の6位で6部から7部へ落ちます。(C)チームは10部で後期リーグ戦も戦います。

それぞれに、反省と抱負を語り、後期リーグ戦前にKBAで直前合宿を実行することになりました。

打ち上げに参加したメンバーの雄姿(?)でお別れします。DSC01225


今日の曲は、桑田佳祐 君への手紙

読者登録者数約260万人のカリスマブロガー(小林麻央34歳)逝く(天声人語) 

<今日の表紙>今朝の緊急地震速報(7時02分)
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NHKBS1でPGAツアーを観ていたら急に画面の中に出てきました。30秒もしないうちに大きな揺れが襲ってきました。4分後には実際の震度が画面に現れました。DSC01194
改めて現代はすごい時代になっているな~と実感しました。

23日に、22日乳がんの闘病中だった小林麻央さんが亡くなったと報道されました。DSC01192
朝日新聞

彼女は、10ヶ月前から、ブログ「KOKORO」で自身の乳がんとの闘病生活を中心の自らの思いを世の中に発信し続けていました。

23日現在、アメブロの発足以来歴代1位の約260万人の登録者数がいるブロガーでした。

今朝の天声人語は、小林麻央さんを追悼した内容でした。DSC01188

前段では、歌人の故・河野裕子さん(64)の乳がんとの闘いを紹介しています。DSC01189


  お母さんと言えなくなりし息子にお母さんはねえとこの頃よく言ふ

体を病んでいても健やかな歌を作りたいと、最晩年のエッセーに書いている。「病気をしていても健やかであり続けることは、大きな広い場につづく道があることを約束している」。そんな予感がしきりにするのだと。
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小林麻央さんのブログも、闘病のつらさをつづりながら明るさを失わなかった。20日には搾ったオレンジジュースを毎日飲んでいると書き、こう加えた。「皆さまにも、今日笑顔になれることがありますように」。それが最後の記述になり、34歳で旅立った。
「与えられた時間を、病気の色だけに支配されることは、やめました」。昨年、英BBC放送にそう寄稿した。家族を愛し、家族から愛される日々を大切にする。ブログでは200万人を超える読者とつながった。
日本の女性の11人に1人がかかると言われる乳がんは、誰にとっても遠い存在ではない。そして、がんに限らず「病と生きる人生」はいつでも訪れる。そのときも自分を失わず、強く柔らかくあり続ける。心の構え方を小林麻央さんから教えられた気がする。
訃報の後、ブログに寄せられた数多くのコメントのなかに「ゆっくり休んでください」の言葉があった。それを静かに、口にする。

ブログで多くの読者とつながっているという思いを大切にして1日1日を生きてきたということが、小林麻央さんのブログを読むとよくわかります。

近くは、夫の市川海老蔵や家族親族から乳がんを患っている人たち、そして一般の読者に至るまで、麻央さんのブログで心を癒されたことが多くあったと思います。

ブログというメディアが登場した今の時代だからこそ麻央さんの思いを多くの人が身近に感じることができたのでしょう。

僕も、ブログを書きだして7年目になりますが、子どもたち、親戚、友人や見知らぬ人たちに読んでいただくことが1日1日を生きる支えになっています。

スマホさえ持っていれば、世界中のほとんどの場所でブログを読むことができます。

多くの読者に勇気を与え、最後まで明るさを失わなかった麻央さんでした。

彼女の20日の最後のブログの最後のことばでお別れします。

皆様にも、今日笑顔になれることがありますように


  海老蔵に愛していると読者へは笑顔になってと麻央言いて逝く

今日の曲は、松任谷由実 Hello,my friend



今夏は初めて甲子園に出場できそうです。母校の大分舞鶴高校のことですが。(平成29年度大分舞鶴高校東海支部同窓会)

<今日の表紙>大分舞鶴高校東海支部同窓会集合写真
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昨日、トヨタ自動車「葵クラブ」にて、今年度の大分舞鶴高校東海支部同窓会が、来賓2名を含んで19名の出席で行われました。DSC01127

僕は、昨年に続いての出席です。今年は、昨年より4名多く出席しています。僕より若い人は昨年と一緒の3名で相変わらず高齢化が進んでいます。

でもお年寄りは相変わらず皆さんお元気です。

司会進行は、昨年と同様18回生の今永君です。DSC01128
東海支部長の13回生の時高さんの開宴のご挨拶です。DSC01130

続いて、来賓の12回生の足立同窓会長のご挨拶です。DSC01132
今年は、プロも注目の大分県でNO.1ピッチャーを擁して初めての甲子園出場も夢ではありません。
昨年も甲子園へ行けるかもとスピーチされていましたが、今年はさらに期待が大きくなっています。

続いて、今年から校長になった大久保先生のご挨拶です。DSC01134
大分舞鶴高校の校歌は素晴らしいです。児童文学者の石森延男に歌詞を依頼した結果です。

深き真理をさぐりつつ、行為と言語飾るなし・・・・・

濁らぬ眼(まなこ)見開きて・・・・・

建学の精神が生き生きと継承されて、大分舞鶴高校の今日につながっています。

僕は、初めて母校の校歌の素晴らしさに気づかされました。

  建学の精神生きて今日へ校歌がつなぐ大分舞鶴

その後、今回の長老3回生の市川さんの音頭で乾杯!DSC01140


歓談の後、各自の近況報告がありました。

16回生の僕は、生誕30000日のお話しをさせていただきました。

毎年面白いことをしゃべってくれる8回生の元名工大教授で、今も、世界でただ一人しか研究していないテーマ「絶対測定できるオージェ電子分光装置で撮ったスペクトル」の権威 後藤敬典先生のお話しはいつもユニークです。今年はちょっと聞き取れなかったので昨年のお話しをリアップします。DSC01159

教育のランキングはやめなさい。そうしないと、能力のない子が勉強しすぎて、いい大学に入り、能力のある子で普通に勉強している子がいい大学に入れない。

いい大学に入った子は、その時点で頭を使いすぎて伸びないし、才能のある子がいい大学に入れない事態になっている。

大分舞鶴高校は大分県でも有名な進学校だから難しいかもしれないがね。

5回生の野球部OBの橋本さんです。DSC01164
橋本さんの高校時代は2回ほど大分県で優勝しましたが、甲子園は九州大会の結果で出場するシステムでしたので行けませんでした。

しんがりは、長老の3回生市川さん(80)です。DSC01165
僕のブログや、一昨日亡くなった小林麻央さんのブログを読むことが趣味で、ご自身も英語で毎日日記をつけているとのことです。

和気あいあいの中、僕が音頭を取って校歌を全員で歌いました。

今年の校歌はかなり真剣に歌いました。(汗)

会場を借りてくれたトヨタ自動車OBの14回生の小野さんご夫婦の発声で1本締めでお開きとなりました。DSC01171
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1年に1回の集まりですが、先輩や後輩のいろいろなお話しを聞ける楽しいひと時です。

来年は今年よりも多くの参加者が集まることを期待しています。

勿論、今年の夏の高校野球の大分県予選が特に楽しみです。

今朝の朝日新聞折々のことばでお別れします。DSC01180


今日の曲は、14回生の福田さんとDSC01155
中学時代(僕と同じ碩田中学)同級生だった にしきのあきら 空に太陽がある限り

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