2016年08月

夕焼けと映画を観ながらヒューストンから成田への空の旅を楽しめました。(汗)(南米つれづれ(11))

<今日の表紙>日暮里のホテルからの日の出前のパノラマ
DSC09300

昨日夜9時前にヒューストンから約12時間半のフライトで、成田空港へ無事に着きました。DSC09299 (1)
1472560110642


しかし、東京発22時の名古屋行最終の新幹線に間に合わず、日暮里のホテルに22時40分ごろチェックイン。

成田空港で、ホテルの交渉をしましたが、乗り継ぎ便の客のみの対応でホテル代は有料。(涙)

海外でのフライトは遅れることはよくありますので、仕方がないと思い、ヒューストンで南米つれづれ(10)をアップしていると、すぐに代替えの飛行機(アムステルダムからの到着便)への搭乗案内がありました。

実は、本来の飛行機に本を2冊忘れました。ネットの忘れ物コーナーに登録してくださいとのことでした。

12時間半もの長~いフライトですが、ほとんどが夜です。飛行機がヒューストンを飛び立った時は夕方の5時過ぎでした。DSC09224


ということは、夕焼けを観れると思い期待が膨らみました。

ヒューストンを離陸して約5時間半後に窓の外に最初の夕焼けがくっきり。DSC09233
そしてだんだん暗くなります。DSC09238
それでも約4時間はきれいな夕焼けが呼吸をするように窓の外に出現して楽しかったです。DSC09249
DSC09270


予定通りのヒューストン11時10分発だったら見れなかった景色です。DSC09280
旅の初めも朝焼け、夕焼けが飛行機から見れて、帰りも見れて、おまけで日暮里で日の出を見れました。(笑)

12時間半のフライトの間に、映画を6本見ました。映画館で観た「LIFE!」などベン・スティラー主演作を3本他、じっくり鑑賞できました。DSC09254
もっとも、窓の外の夕焼けを観ながらですので結構忙しくて寝る暇がありませんでした。(笑)

日暮里駅の近くの東京出張があった時によく寄った居酒屋さんで遅い夕食を食べて、久しぶりに日本を味わいました。

ホテルでは、これも久しぶりのウォシュレットとお風呂を味わい夜の1時半過ぎに就寝。

時差ぼけでしょうか、5時半前には目が覚めてパソコンに向かっています。リマは、昼の3時半です。DSC09302
朝日に照らされた日暮里駅前の高層ビルです。

ホテルでのパソコンのワイファイの応答速度の速さは新鮮です。

いろいろなアクシデントが旅ではつきものです。そういうことを含めて旅は面白いです。

要は、時間の使い方の問題です。今回のアクシデントでは、起こったことは仕方がありません。でも、時間を有効に使うことができてよかったです。

日本に帰ってきて、まだ浦島太郎状態ですが、時間は出発してから流れています。今の時代は、ネット社会ですので世界中がつながっています。

そういう意味で、旅をする環境は昔に比べてかなり良くなっています。

これから、息子と品川駅で会って、お土産を渡して荷物を少し軽くして勝川へ帰ります。

すごい量の洗濯物がたまっていますので僕へのお土産はどうやら時差ぼけと洗濯物のようです。(笑)

もっとも、僕自身への一番のお土産は、元気に帰ってくることですがね。(今のところ元気です。)

  時差ぼけも 旅のお土産 当分は 味わいながら 今を楽しむ

久しぶりに観た、日暮里駅前の太田道灌像と太田道灌の有名な短歌でお別れします。DSC09301


  七重八重 花は咲けども 山吹の実の一つだに なきぞ悲しき

今日の曲は8月末ですので、TUBE あー夏休み

クスコは、スペイン瓦が鮮やかな世界遺産の歴史の街でした。しかしヒューストンで?(南米つれづれ(10))

<今日の表紙>世界遺産の旧市街の中心アルマス広場でのガイドの吉田さんとの2ショット
DSC09186

昨日は、昼からクスコ観光をしました。今回の南米観光の最終日です。

よく晴れて、最後まで天候に恵まれました。

朝、ホテルからアルマス広場まで散歩すると、鼓笛隊を先頭に行進が行われていました。DSC09074


観光で最初に行ったところは、インカ時代のサクサイワマンという巨石の遺跡です。DSC09086
DSC09095


この遺跡は、宗教的な意味合いがあると言われています。DSC09091


リャマをかたどった石の組み合わせです。DSC09104


少し行くと、クスコ市内が展望できます。DSC09106
そして、6246メートルのサルカンタイ山が見えました。DSC09114


旧市街に下りて、アルマス広場周辺をウォッチングです。

サントドミンゴ教会です。DSC09119
サントドミンゴ教会の中に残っているインカの神殿です。DSC09129


インカ時代が残る建物の壁です。DSC09188
12角の石です。DSC09173


アルマス広場を見下ろす大聖堂です。ペルーの国旗とクスコ県の旗の2ショットです。DSC09068
クスコ県の旗は同性愛の旗によく似ているので、変えようとする動きもあるそうです。

クスコは、インカ時代から交易の要所として栄えて、15世紀当時でも15万人ほど住んでいたそうです。16世紀にスペイン人が来て、現在は40万人を超えているようです。

ガイドの吉田さんが、クスコでは火事が少ない。何故でしょう?というクイズを出しました。

分かりますか?

多くの建築物が石でできているから・・・・もうちょっとです。

それは、標高3400メートルが一番の原因です。酸素が薄いのでものが燃えにくい。なるほど!

消防車も一般的な都市よりも少ないそうです。

  クスコでは 火事が少ない 理由がある 空気が薄い 火が着きにくい

クスコ観光をともにした「岸ブログパーカー」もクスコに別れを告げています。(笑)DSC09198


今の時期の南米観光では、冬ですので「岸ブログパーカー」は大活躍でした。

クスコからリマへは順調でした。DSC09207
きれいな夕焼けです。DSC09212


リマからヒューストンは、1時間飛行機の中で待って離陸。1時間遅れでヒューストンへ到着。DSC09216


イミグレで、別室へ通され少し緊張!20分ほどして通過しました。

そして、4時間の待ち時間の予定が、だいぶ短まり成田空港行きの飛行機へ乗り込みました。

すると、どうでしょう?1時間しても動きません。窓の外を見ると雨はかなり強い!DSC09217


機内放送があり、整備システムに障害がでましたので、機外へ出たい人は荷物を持って出てください。ただし20分間です。

15分ほどして、再び全員飛行機から荷物を持って出てくださいとのアナウンス。

搭乗口まで荷物を持って出ると、しばらくして成田到着時間が、14時半から19時半へ変更されましたとのアナウンス。

出発時間がヒューストン時間11時10分から16時30分に変更されていました。

ということで、一応今日中には日本に帰れそうです。DSC09219


旅は家に帰るまで終わらないという言葉は本当ですね。

ここは、ヒューストン・・・宇宙への旅でこういうことは慣れているようです。(笑)

余談ですが、この空港はワイファイがノーマネーですので、助かります。(リマ空港は10分間だけ無料)

時間つぶしに、日本で書こうと思っていたクスコ観光を書けました。(笑&汗)

今日の曲は、矢沢永吉 時間よ止まれ

リオ2016つれづれ~南米つれづれを終える前に(南米つれづれ(9))

<今日の表紙>標高3400メートルのクスコのホテルの中庭からの景色
DSC09052
今日もいいお天気です。

義母の十年祭を8月13日に終えて、その2日後あわただしくリオ2016に向けて旅立って2週間が経ちました。

毎日、ブログをアップしていますので、その日の感動をもう一度確認しながら旅をしてきました。

今日は、午前中がフリータイムですのでこの旅行を通じて感じたことをつれづれに書きます。

南米は、主にブラジルはポルトガル、その他の地域はスペインの植民地だったのでその影響が人々の言語や建築物など、隅々まで残っています。

僕は、リオはオリンピックだけでしたので、ブラジルの観光はイグアスの滝からでした。

ガイドの赤星さんと言葉を交わすうちに、南米へ戦前移住した日本人の苦労が伝わってきました。DSC_0323


これは、ブエノスアイレスでのガイドの日系3世のマリアからも教わりました。DSC08583


太平洋戦争の時期には、アメリカびいきの南米でもかなり阻害されたようです。

逆境の中から今の南米での日系の人たちは頑張ったんだなと思います。

観光は、行く先々でのいろいろな感動を味わうことが一番の目的です。

そういう意味では、イグアスの滝のおそらく世界最大のスケールの大きさの滝を体全体で感じられたことは幸せでした。DSC08120
DSC08236


ブエノスアイレスでは、珍しいお墓や本屋さんなどと、アルゼンチンの歴史的な建築物をいっぱい見れました。DSC08452


そしてアルゼンチンタンゴの情熱的なダンスはベースにスペインを感じました。DSC08565


ペルーのリマに行くと、太平洋側というこもあるのでしょうか、アルゼンチンのブエノスアイレスとは雰囲気が違いました。

無秩序な秩序が存在するようで、人がどんどんリマに集まって、勝手に砂漠の砂山の上に住むようになっています。DSC08607


観光の行程のスケールも日本とはだいぶ違います。

ナスカの地上絵を観るために250キロを車で走って、セスナで遊覧飛行、そして250キロ走ってリマに帰って来ます。DSC08684


もちろん、朝早くから夜遅くまで30分の地上絵の上空からのウォッチングのためだけです。

ガイドの日系3世のオスカルとの2ショットです。DSC_0448


リマのホテルのエレベータは「0」はありませんでした。

マチュピチュ観光は、95キロの鉄道を3時間半かけて行ったりして、日本ではあまり考えられない行程です。DSC08949


鉄道マニアの吉田さんの面白いお話しでゆったりした時間を楽しむことが出来ました。DSC08933


南米は、どこの都市に行っても、貧富の差を感じます。

高級住宅街があれば、スラム街もいたるところに広がっています。

こういう風景を見ると、日本の繁栄の上での僕たちの生活がありがたいと思います。

僕は、海外旅行でもブログを書いていますので、三又コンセントと変換プラグは必需品です。

今回も、すごく役に立ちました。

それと、本を数冊持って行くこと。飛行機の中や、乗り継ぎ時にロスタイムがかなりあります。

今回は、ダン・ブラウン著の「インフェルノ」です。DSC07700


ダンテの叙事詩「神曲」の地獄編が謎を解くカギとなります。

10月28日にトム・ハンクス主演で映画が公開されますが、小説はすごく面白くて上中下全部読みました。

海外旅行は、時間の余裕を持ちますので、必ずロスタイムが発生します。

時間は、生きている限りどこに居ようとも、どんどん経って行きます。

読書は、そんなときのお薬です。

南米旅行で、いろいろな種類の感動を味わうことができてとてもハッピーでした。

最初のリオ2016のバドミントンの超一流選手たちのスーパープレーを目にした感動や、タカマツペアの金メダルの感動は、オリンピックならではです。DSC07806


TOUKYO2020で再びあるかもしれませんが、オリンピックは特別です。

選手生活最後のオリンピックへの思いがシャトルに込められていましたレジェレンド2人の対決、林丹とりー・チョンウェイの準決勝での試合には感動しました。DSC07824
DSC07817
DSC07840


おかげ様で、今日現在まで元気に楽しく旅行が出来ています。

  感動は 時間と共に 思い出に リオと南米 旅行つれづれ

台風10号がそれることを祈っています。(汗)

ホテルの中庭に咲いていた鮮やかな赤色のゼラニュームでお別れします。DSC09057


今日の曲は、庄野真代 愛と平和の歌


天空の素晴らしい世界遺産マチュピチュは、結構広くてびっくりしました。疲れました。(南米つれづれ(8))

<今日の表紙>どちらが主役(マチュピチュ遺跡内で飼っているリャマと2ショット)
DSC08975

早朝のウルバンバのホテルからの景色です。DSC08834
よく晴れてお月さまも見れました。DSC08832


朝早くのマチュピチ行きの列車に乗って、インカ帝国のマチュピチュ遺跡へと向かいます。DSC08868


車窓から見えた氷河です。DSC08882
山の上は雪ではなく氷河です。

9時半ごろ、マチュピチュ駅に到着して、これからバスで遺跡へと向かいます。DSC08900


混雑するときには、バスの待ち時間が1時間を超えることもあるそうですが、今日は10分ほどでスムーズに乗れました。

20分ほど乗ると遺跡へ到着です。標高2400メートルの位置にあります。

1911年のアメリカの探検家ハイラム・リンガムの発見から約100年が経っています。DSC09026


まず通路を登って、よく写真で見る遺跡の展望台からの景色をじっくり撮りました。DSC08949


ガイドの吉田さんとの2ショットです。DSC08933


吉田さんがいろいろなポーズで撮ってくれました。DSC08965
DSC08961


吉田さんのマチュピチュ遺跡の説明を聞いて、遺跡の建物の中へ向かいます。

太陽崇拝の神殿の跡がいたるところにあります。DSC08998
有名な太陽の神殿です。DSC08986


珍しいコンドルの神殿です。DSC09020


ここまでに来るのに、かなりのアップダウンの階段を歩きます。DSC09022


休み休みで3時間かけてマチュピチュ遺跡のウォッチングをしました。

人類は、後世の人が驚くような建築物を建ててきましたが、マチュピチュも南米を代表する建築遺跡です。

  天空で インカ帝国 神々へ 繁栄祈る マチュピチュは語る

マチュピチュは、文化遺産と自然遺産の両方の価値を備えた複合遺産です。

ということは、珍しい植物もいっぱい見ることができます。

アマリリスです。DSC09011
ポインセチアのような木です。DSC09027


遺跡の出入り口付近のレストランで2時間ほどかけてランチを食べて5時20分過ぎの列車に乗って3400メートルの都市クスコへ向かいます。

3時間半ほどかけてクスコの近くまで列車で行き、そこから車でクスコに入ります。DSC09050
世界遺産の都市です。

3400メートルの標高にも慣れたようで、高山病の症状は出ませんでした。

明日はクスコ市内観光をして、リマ、ヒューストン経由で成田へ帰る長ーい旅が待っています。

マチュピチュ駅の近くで見たアジサイでお別れします。DSC09029


今日の曲は、CHAGE&ASKA めぐり逢い




リマの旧市街(世界文化遺産)は、カトリック教会が主役です。(南米つれづれ(7))

<今日の表紙>リマの新市街の太平洋に面した恋人たちの公園のメイン「El beso」
DSC08729

その太平洋をバックの僕です。DSC08735


今日は、リマの市内観光をして、飛行機でクスコへ向かいました。

リマは、人口約800万人で、ペルーの人口約3000万人の中心都市です。

周辺はすぐに砂漠になり、リマも砂漠に作られた都市です。郊外には、砂山の上にスラム街が多く出来ています。

最初は、新市街の名所、恋人たちの公園に向かい、その後に世界文化遺産の旧市街の見物です。

この地区は、16世紀からの歴史的な建造物が目白押しです。大統領官邸です。DSC08789


警備をしている婦人警官のヘルメットには、ゴープロが取り付けられています。DSC08793


市役所など大きな建物も多くあり、多くの観光客で賑わっています。

その中で、僕の目を引いたのは、立派な3つのカトリック教会です。

ペルー最古のカテドラルです。DSC08790


カテドラルをバックにガイドの日系3世のオスカルと2ショットです。DSC_0448


黄色い外観が目を引くサンフランシスコ教会です。DSC08798


美しいサント・ドミンゴ教会です。DSC08768
祭壇の中央には人々を救うためのマリアがいます。DSC08773


それぞれの教会は、宗派が別々でペルー中の教会のそれぞれの宗派の中心となっています。

  三教会 ペルーの歴史 それぞれに 支えてきたと 堂々と建つ

新市街から旧市街への道には、近代的な信号が設置されています。DSC08741
あと何秒かわからないと信号無視が多くなるそうです。

そして、赤信号で車が停止中には、トランスフォーマーが出現しました。(笑)DSC08761


リマは車の数が多すぎるのですぐに渋滞が発生します。

午後1時過ぎには、空港へ到着して、クスコ行きの飛行機への搭乗手続きをして、4時前に出発しました。

5時頃に無事、標高3300メートルのクスコへ到着です。DSC08811


今日は、標高になれるためにすぐに、2700メートルのウルバンバのホテルへ向かいました。

星がすごくきれいです。南十字星もばっちり!

リオで田村さんにいただいたお薬のおかげか、今のところ高山病は出ていません。

チェックインしてすぐに夕食です。

昨日食べたセビッチェがおいしかったという話をガイドさんにすると、ここは内陸だからマスのセビッチェがおいしいですよと勧めてくれました。DSC08824
これもスズキのセビッチェに劣らず美味しかったです。

地元のビールとセビッチェで乾杯!DSC08829


明日は、マチュピチュ観光です。

クスコからウルバンバまでの道のりの途中で見かけたアンデスの夕焼けでお別れします。DSC08818


今日の曲は、ナオト・インティライミ 未来へ






ナスカの地上絵は空から見るのも大変でした。何で?(南米つれづれ2016(6))

<今日の表紙>ペルーのドライブインでのショット
DSC08720

昨日深夜にペルーの首都リマに入り、今朝は7時出発で有名な「ナスカの地上絵」を空からウォッチングです。DSC08701


ナスカはリマからは、かなり遠くて、250キロ車で4時間半かけて走ってピスコへ行きました。

リマを出るとすぐに砂漠が広がっています。

ピスコの空港からセスナでナスカの上空へ行きます。DSC08642


乗客は12人乗りに11人、パイロット2人です。パイロットは、日本語でも説明できました。DSC08647


僕の隣が空席でしたので自撮り棒で隣の窓からも景色を撮れました。DSC_0407
お天気も最高です。DSC08656


30分飛行してナスカの上空へ到着です。安定した飛行で気分も上々でした。DSC_0397


ところが、これからが大変。地上絵を観るために翼の方をご覧くださいと言います。ということはかなり斜め傾斜の状態になります。これを、右、左と交互に繰り返します。時間にして約30分間。

僕の前のイタリアから来たご婦人は見るどころではなく口元を押さえていました。DSC08698


ガイドさんが乗る前に言ったことは、「最初はクジラが見えてきますが、慣れるために写真を撮らずに目でよく見てください。」

その通りで、よく見ないと地上絵が分かりません。

パイロットの指示で、ハチドリ、宇宙飛行士、オウム、クモ、犬、サルなど次々に案内されます。その都度左、右と飛行機が揺れます。

デジカメと自撮り棒に着けたスマホで必死に撮りました。白黒写真ではありませんよ。月面に似ているかも?

ハチドリです。DSC08684
DSC08683
DSC_0419


コンドルです。DSC08687


オウムです。(左端中央)DSC_0437


アルカトラスです。(右側)DSC08696


パイロットが次から次へ案内しますが、よく見ないと地上絵が分かりませんのでこれぐらいしか撮れませんでした。

僕も、イタリアのご婦人まではいきませんが気持ちが悪くなりました。DSC_0440


30分飛んで、無事ピスコの空港へ戻ってきました。パイロットへみんなで拍手です。

地上絵を観ることもいいですが、セスナでのスリルもいいね!(汗)

  地上絵を 見つけておくれ 右ひだり セスナは揺れる 気分も揺れる

リマへの帰り道で遅いシーフードのランチです。地上絵を観る前には食べません。

前菜のスズキの刺身のクリーム添えのセビッチェです。DSC08714


メイン料理のアロスコンマリスコスです。DSC08715
アロスはご飯、コンは一緒、マリスコスはシーフードで、シーフードの入ったご飯という意味です。

このランチはどちらもすごく美味しい!

余談ですが、ペルーはコカ・コーラよりインカ・コーラの方が人気があります。DSC08716
僕はコカ・コーラの方が美味しい。

ガソリンスタンドに併設されているコンビニで見た「ありがとう」のいろいろな国の言葉でお別れします。DSC08630


今日の曲は、平原綾香 NOT A LOVE SONG







ずいぶんリオ2016が遠くなりました。(南米つれづれ2016(5))

<今日の表紙>犬の散歩のアルバイトをしている若者
DSC08357

ブエノスアイレスのいたるところで見かけた犬の散歩のお仕事をする人です。

ブエノスアイレスでは犬を飼っている共稼ぎの夫婦が多いので、土日以外はよく見れます。

今日2回目のブログです。

早いもので、日本を発って10日目を迎えました。

今日は、この旅行中で一番ゆったりとした日です。

ブエノスアイレスの宿泊したホテルのロビーにいます。

このホテルのネット環境は、部屋ではつながりにくく時間がかかります。それに引き換えロビーでは快適です。日本と変わりません。

ということで、今までの旅行中で感じたことを書き残します。

リオ2016は、僕はバドミントンだけの観戦でしたが、バドミントンはじめいろいろな競技で日本選手の活躍が光り、過去最多のメダル数の結果になりました。DSC07763
DSC07800


出発前、治安の悪さやジカ熱などの報道の影響で、多くの友人知人から気を付けてね!と言われて若干緊張してリオへ乗り込みました。

結果は、オリンピック会場とホテルの往復が中心だったせいかもしれませんが、きわめて安全に、すごく楽しく観戦できました。

オリンピックの交通機関の主役、BRTという専用レーンのバスが大活躍で、渋滞は全くありませんでした。DSC08003


バドミントン会場でも、国別の応援合戦がすごくて、オリンピックムードを満喫できました。

失敗もよくあり、会場を間違えたり、チケットを会場に着く寸前に忘れたことが分かり、Uターンしてホテルに取りに帰ったり、汗をずいぶんかきました。

今さらながら、体力のあるうちでないとかなり歩くことが多いオリンピック観戦は難しいと感じました。

細かいことですが、ブラジルもアルゼンチンもエレベーターの1階の表示は[0]です。DSC08177
2階は[1]です。

ホテルの朝食は、バイキング方式ですが、野菜サラダのコーナーは3か所のホテルともありませんでした。

トイレはもちろんウォシュレットではありません。多分高級ホテルでも同じでしょう。ウォシュレットは新しい日本文化です。

アルゼンチンの消費税は21%ですが、幼稚園から高校までは義務教育で無料です。医療も国の管理する施設は無料、国の美術館、博物館も無料です。

ブラジルもアルゼンチンも政治家の汚職は日常化していて、日本よりもかなりひどいようです。

アルゼンチンの国民は、楽しく遊ぶために働くというスタンスが主流で、1ヶ月ほどバカンスを取ることは当たり前です。

日本の約7倍の国土に約4300万人ですのでできることかもしれません。ブエノスアイレスでもスラム街が多くあり貧富の差が大きいようです。

リオもイグアスもブエノスアイレスも日本との時差はー12時間です。

アルゼンチンの90%はカトリック教徒です。今のローマ法王は、アルゼンチンのフランシスコさん(76)です。DSC08467


イグアスのガイドの赤星さんは日系2世、ブエノスアイレスのガイドのマリアは日系3世です。DSC08583
ホテルのロビーでマリアと2ショット

アルゼンチンは、日系人が3万人ほどでかなりブラジルに比べて少ないです。

マリアのお祖父さんがアルゼンチンに鹿児島県から移住してきたときには、文字通り開拓者としてでした。

農業に限界を感じて、ブエノスアイレスに出て自身の日本での職業の大工さんの仕事をして成功しました。

4年前のロンドン2012からのヨーロッパ旅行で感じたことがよみがえってきます。

海外で仕事をしている日本人と海外と仕事をしている日本人のおかげで僕たちは今の快適な生活をしているんだな。

ガイドさんから感じることも旅の楽しみです。

リオ2016が終わって、まだ4日です。

イグアスの滝の圧倒的なスケールを目の当たりにしたせいでしょうか?アルゼンチンタンゴのせいでしょうか?もうだいぶ前のような気がします。

イグアスと タンゴのせいか ずいぶんと リオの興奮 遥か彼方へ

書き忘れるところでしたが、今から3年前の2013年9月にここブエノスアイレスのヒルトンホテルでのIOC総会で「お・も・て・な・し」の TOKYO2020 が決定しました。

僕をはじめほとんどの人が忘れていると思いますが、ガイドのマリアが教えてくれました。

これから、この旅行の最後の国ペルーを観光します。

高山病に注意します。そして、お天気に恵まれたこれまででしたが、残りの旅の成功を祈ります。

ローマ法王が就任する前にお勤めをしていたブエノスアイレスの大聖堂の祭壇中央を飾るブエノスアイレスのマリア、DSC08470
ブエノスアイレスの地名の語源になったマリア様でお別れします。DSC08473


今日の曲は、Mr.Children 祈り~涙の軌道

株式会社中日映像出版
記事検索
最新コメント
ケータイ QRコード

ケータイからもご覧いただけます
プロフィール

株式会社中日映像出版
会長