名駅前の小さい木ですが辛夷(こぶし)の花がとってもきれいです。

<今日の表紙>ミッドランドスクエアのディスプレイ
DSC05663

このディスプレイもここから見てくださいという印が床にマークされています。DSC05664
全体は吹き抜け天井から吊り下げられています。DSC05665

昨日のブログでB1のディスプレイを紹介しましたが春のイベントのようです。DSC05540


昨日は、雨が降る中名駅前に映画を観に行きました。DSC05661


名駅通路の花屋さんで見かけたバラのホーカスポーカスがとても鮮やかです。DSC05659
ミッドランドスクエア1Fのブランドショップのショウウィンドウのパンパスグラスも柔らかな雰囲気です。DSC05677


でも、ミッドランドスクエアの南入り口そばの小さな街路樹の辛夷の花がとってもきれいです。DSC05675
もう満開です。雨に濡れていますが繊細な雰囲気の薄ピンク色の花がとっても鮮やかです。DSC05672
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雨粒が花に付いていい雰囲気です。DSC05670
もうすぐ咲きそうな蕾もきれいです。DSC05671
この辛夷の木は1つでぽつんと立っていますが、毎年僕の目を楽しませてくれます。

  雨の中薄桃色を輝かしひらひら揺れる春呼ぶ辛夷

コロナショックで世の中が騒がしいですが、春は確実にやってきています。

先日松山の友人から届いて美味しく頂いている晩柑「せとか」でお別れします。DSC05681
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皮が薄く甘みが濃い今の時期が旬のミカンです。

今日の曲は、コブクロ 風


生き方や仕事での考え方の参考になる本です。「レッドゾーン(ハゲタカⅢ)」真山仁著

<今日の表紙>ミッドランドスクエアB1の広場の不思議なディスプレー
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ここから見てくださいのマークです。DSC05544
横から見ると床に書いた文字はベターっとしています。DSC05542
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不思議な感覚になりますよ。

僕は出かけるときには、必ず本を持って出かけます。3月になって久しぶりにハゲタカシリーズで有名な真山仁著の「レッドゾーン(ハゲタカⅢ)上・下」を再読しました。DSC03403


今回も、ストーリーが面白くて引き込まれていきました。DSC03404


やっぱりハゲタカシリーズは面白いですね。主人公の鷲津正彦の活躍が痛快です。

レッドゾーンのレッドは、中国の国家ファンドの意味でもあるようです。今回は中国の国家ファンドと、日本の巨大自動車メーカー「アカマ自動車」の買収劇でのバトルです。

ストーリーは、本を読んでくださる方のお楽しみとして、僕の印象に残った言葉を抜粋します。

2016年12月3日のブログより
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<鷲津の親友ヨハンとの再会で>
「無茶と無理こそ人生だと思っている野獣同士が本能的に結びついている」というのがリンの分析だったが、その通りかもしれないと鷲津も感じている。
もうすぐ60歳に届こうかという年齢だが、ヨハンはいつ見ても少年のような肌艶で、瞳を輝かせて親友を迎えてくれた。

<鷲津が中国の要人喬と合った時の喬の言葉>
外交は国家間レベルで動くものではありません。それよりも利害が一致した者同士が腹を割って友好や信頼が生まれてこそ、真の意味での外交が始まるのです。私は、あなたがそのキーマンだと思っている。

<鷲津とジャーナリスト堂本との会話>
「私には分かりません。ただ、市場には神も悪魔もないと思います。市場にあるのは、自然の摂理です」
「生存競争のルールと言ってもいいと思います。そして市場とは、弱さとの闘いの場です。弱気になった瞬間、市場から排除され、敗北する。その弱肉強食の世界の中で我々が身につけなければならないのは、生き抜くための知恵と勇気です。したがって市場に正邪はなく、勝者も敗者もいない。生者と死者がいるのみです」

<アカマ自動車を巡る買収劇が終わって、アカマ自動車社長室長大内成行の感想>
アカマは、アカマに関わる全ての人の心の拠り所であり続けたい。創業者が目指したアカマの姿勢だ。企業とは、多くの人に支えられて生きる生命体だ。従業員や消費者がアカマを本当に必要だと思っている限り、企業は生き続ける。だが、彼らに不要と思われた瞬間に、企業としての生命は閉じる。その可能性を常に忘れず、我々は努力すべきなのだ。そういう意味で今回の騒動は、アカマ自動車という生命体を、社会が本当に必要としているのか否かを自他共に問う出来事だったと言える。
その答えを探し求めて、これからも歴史を刻んでいくのかもしれんの。
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会社の経営者や営業をしている人たちには、よく理解出来る本だと思います。

  こだわりを貫き生きるハゲタカも大事にしてる自然の摂理

昨朝の鉄塔に乗って昇ってきた太陽でお別れします。DSC05648_1


今日の曲は、吉田山田 未来

KBA日帰りバドミントンツアーを行いました。僕のバドミントンが久しぶりに帰ってきました。

<今日の表紙>KBAから見る緑がまぶしいパノラマ
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昨日は、名古屋のコロナショックのための体育館休みを少しでも解消するために有志でKBAで日帰りバドミントンを行いました。DSC05623


昨日はいいお天気でしたのでKBAに行く途中の伊吹山がきれいでした。DSC05617
そして、きれいな奥琵琶湖のパノラマです。DSC05619


12時頃から4時頃まで4時間ほど楽しくバドミントンが出来ました。DSC05624


今回は、初めて日帰りKBAバドミントンでしたがウィークデーの昼間バドミントンが出来ると言う事は今の日本ではありがたい環境です。

先週の土曜日、日曜日の2日間KBAでバドミントンをしたときには体が重くかなり違和感を感じましたが、今回は僕のバドミントンだなと自覚が出来てよかったです。久しぶりにお帰りなさい!僕のバドミントン。

  一週間バドしなければ僕じゃないそれがわかった日帰りKBA

5時前にKBAを出発して名古屋へ帰りました。

途中の伊吹山がくっきり見えました。DSC05635
PAのトイレでは手洗い用の消毒液が置かれています。DSC05636


名古屋で夕食を食べて勝川に帰って空を見上げるとお月さまが浮かんでいました。DSC05640


昨夜のお月さまでお別れします。DSC05639


今日の曲は、ゆず 花咲ク街


満開の白木蓮と寒緋桜の競演をどうぞ!

<今日の表紙>角を生やして昇ってきた今朝の太陽(笑)
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今朝は春らしいいいお天気です。DSC05616
もう春が定着したかのようです。

今週も月曜日から水曜日まで3日連続で映画鑑賞に出かけて時間つぶしをしました。

バドミントンの回数と映画鑑賞の回数が3月になってから逆転しています。コロナショックのためですので仕方ありませんがどうも3月いっぱいはこのリズムで行くようです。

昨日は伏見ミリオン座で映画を観た後に新栄に寄り道をして名物のハクモクレンの開化状況をチェックしました。錦通東桜二の信号の南東側角のハクモクレンです。DSC05588
もう満開です。DSC05587
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この信号の北西側のうなぎ料理の多門亭の奥の道を行くとDSC05604
ハクモクレンと寒緋桜の見事な並木が広がっています。DSC05594
もうどちらも満開です。DSC05602
ハクモクレンの白です。DSC05586
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寒緋桜のピンク色です。DSC05590
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どちらも今が見ごろです。

映画もかなり見飽きましたので、ハクモクレンと寒緋桜の競演を楽しませていただきました。

  満開の白木蓮と寒緋桜白とピンクの豪華競演

桜の木の下に咲いていた沈丁花でお別れします。DSC05600


今日の曲は、Ailee SAKURA

3.11から9年(3287日)が経ちました。つれづれ短歌他で振り返ります。

<今日の表紙>陸前高田市を襲った津波の高さ(15.1m)がわかるガソリンスタンドの看板
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津波の高さはこの看板の最上部まで達していました。3年前大船渡へ行くときに撮りました。
そして、2011年11月21日の仙台空港そばの料理屋さんの震災で津波に襲われた痕
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仙台に行った時に撮りました。

ガソリンスタンドの看板も撤去され、仙台空港近くも復興が進んでいます。しかし、福島第一原発はまだ推定で40年も廃炉にかかるようです。そして、その費用も70兆円を超える試算も浮かび上がっています。誰にも未来がわからないのが現実だなと感じます。

いまだに行方不明者の捜索活動が行われています。

そして、あの日から9年3287日が経ちました。

死者、行方不明者、関連死者の数の合計は22167人、全国に散らばる避難者は47736人です。

今朝はよく晴れて雲の上に眩しい太陽が昇って来ました。DSC05568
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今日のブログは、3.11から1年後から今年までの僕の短歌で振り返ってみます。

3.11の1年後の歌です。(名古屋ウィメンズマラソンが始まった穏やかな日)

  あの日から一年が経ち我思う平和のにおい大切に吸う

2年後の歌です。

  二年後の日本の今どう思う夢と現実未来に活かせ

3年後の歌です。(ブルーインパルスの復活の映画「絆 再びの空へ ブルーインパルス」)

  神様が残してくれたブルー6機日本の空に勇気ふりまく

4年後の歌です。この年は僕の歌ではなくこの歌です。

  福島も日本固有の領土ですもどれない人十二万人 半田市 石橋美津子

5年後の歌です。(5年後行方不明者2562名、9年後の今2529名)

  五年経ち今更ながら驚きの行方不明の人の多さに

6年後の歌です。

  あの日から六年が経ち動き出す脱原子力フクシマの祈り

7年後の歌です。

  七年前想定外の出来事と言われた地震想定内の今

そして、昨年8年後にはまず、秀逸の2首からどうぞ。

  原発の燃料デプリに触れ初めたり冥(くら)くて遠き廃炉への道 名古屋市 諏訪兼位

  規制値を緩めただけで安全な汚染土になる数字の魔力 福島県伊達市 佐藤茂

そして、僕の歌です。

  福島の廃炉の時間超スロー時の流れに抗う如く

やっぱり、時が経っていくと、まだ帰れない人が多い、そして処理に気の遠くなるような時間がかかる福島第一原発に関する歌が多くなってきています。

そして、今年は今上映中の「Fukushima50」で原発事故当時のスタッフの命がけの処理を再現しています。DSC05396


今年は、この映画を観た時の歌です。

    Fukushimaで学んだことはコロナより大きい脅威忘れてはダメ

それでは、2011年3月11日の翌日の僕のブログで当時を思い出してください。
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3月11日午後3時ごろ、僕は会社からお客様に電話をしていました。
そのとき、最初はゆっくりした小さな揺れがきました。だんだん揺れが
大きくなり4,5分続きました。

僕は、直感的に名古屋からかなり離れている地域で大きな地震が起きたな
と思いました。
すぐ社員から、ネットに東北地方で地震が発生したとのっていますよとありました。

16年前の阪神淡路大震災の時も、名古屋ではゆっくりした揺れが長く続きました。

TVをつけると、どのチャンネルでも地震の映像が流れていました。

しばらくすると、津波が港の市場に入り始めからみるみるうちに市場が
津波にのみこまれるライブ映像が流れてきました。

僕はどうすることもできないもどかしさを感じました。

それからしばらくは、東京や仙台やいろいろな港のライブ映像が流れました。

僕は、今のぼくがいる普通の環境と地震の被害にあった地域とのギャップを味わうことになります。

16年前、阪神淡路大震災が発生した4日後に僕は救援物資をお客様に届けに
トラックに乗って神戸に行きました。

その時にトラックの窓越しにみた神戸の風景は、日本ではないように感じました。

神戸付近以外の日本では、普通の生活がいとなわれ、モノがあふれていました。

その時に感じたなんともいえないギャプをTVをみていて思いだしました。

今度の地震は、16年前とちがって東京から東北までの広い範囲に被害がでていることと
2004年のスマトラ島沖地震のときのような津波の被害が大きいです。

いずれにしろ結構長い間、僕はなんともいえないギャップを感じて生きると思います。

夜が明けると、被害がだんだんはっきりとしてきます。
これまでに流れた映像を見ているとかなりの被害を覚悟しなければならないと
思います。

仙台には、お客様の会社があり、スキーでサホロに一緒にいった村上さんが住んでいます。

たいへん心配ですが、全く連絡がとれません。
ただ無事を祈るだけです。

夜になって東京に住む僕の息子から電話がありました。
交通機関が止まっているので歩いて自宅に帰っている途中だといっていました。

無事で何よりです。10回ぐらい電話してやっとつながったといっていました。
そのせいかいつもより長く話をしました。

僕は、この日を境に、日本のなにかが変わるような気がします。

人は、こういう自然の圧倒的なパワーの前では無力と思われますが、
このパワーの影響を受けて僕たちは自然から何かを変えられるような気がします。
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9年前、震源から遠い名古屋で体験したことですが、この記事を読み返すと、当時の記憶がよみがえります。この記事に登場する、仙台の村上さんは、まさに震災を仙台で体験し、僕の息子も東京で体験しました。

仙台の村上さんも、僕の息子も今は元気で毎日を過ごしています。

ふつうの日常のありがたさを感じていると思います。

来年の3.11までの1年間に震災の話題が多く出ると思いますが、その半分以上が原発の話題になるでしょう。復興という言葉では、Fukushimaは語れないので今後数十年は原発処理が話題に上がり続けると思います。

一昨日の夜のスーパームーンでお別れします。(6時ごろ)DSC05528
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(8時20分ごろ)DSC05532


今日の曲は、猪苗代湖ズ I love you&I need you ふくしま


  

亡妻の誕生日の1日遅れのお墓参りに行ってきました。

<今日の表紙>亡妻のお墓がある覚王山の墓所の花壇に咲いていた沈丁花
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昨日は暖かいいいお天気でした。DSC05496


一昨日が誕生日だった亡妻のお墓参りに1日遅れで行ってきました。

お墓が出てくるシステムです。DSC05513
カードをかざすと亡妻のお墓が出てきました。DSC05497
お墓の表面には亡くなる2年半ほど前にオーストラリアのエアーズロックをバックに乾杯している僕との2ショットの写真がセラミックで張り付けています。DSC05501
14年前の写真です。若いですね!

亡妻が亡くなって早いものでもう12回目の春がやって来ました。そして、一昨日は生きていたら69歳の誕生日です。干支も一回りしました。妻が亡くなってからもいろんなことがありました。

いつも、亡妻のお墓参りの時には、お墓の前でその時に浮かんだ短歌を詠います。

今回の歌です。

  君が去り十二回目の春が来た速くて深い時の流れは

いつも3月になれば亡妻の歌が浮かびます。

  菜の花にすみれたんぽぽチュリップ花咲く弥生わが生れし月

お墓参りを終わって地下鉄池下駅に向かっているときに見た高層マンションの花壇に咲いていた沈丁花でお別れします。DSC05517
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今日の曲は、熊木杏里 誕生日




1週間ぶりにKBA(岸バドミントンアリーナ)でバドミントンを楽しみました。でも、体が重~い!(汗)

<今日の表紙>KBAで再会した今年4月の台北でのモーニングカップ幻の山田・岸ペア
DSC05471

一昨日、昨日とKBAでバドミントンを楽しみました。

一昨日は、早朝から珍しい日の出ウォッチングを楽しんでKBAに出かけました。DSC05433
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お天気が良いので快適なドライブでした。一昨日の残雪が残る伊吹山
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そして、奥琵琶湖です。DSC05463


1時半ごろから1週間ぶりのバドミントンです。DSC05465
人数は少なめですが、みんなコロナショックのためにバドミントンが出来なかったストレスを発散しました。

僕は、体が重くて全然動けませんでした。やっぱり、年寄りは1週間運動をしないと体はガタガタになっているようです。(汗)

  久しぶりのバドミントンでよく分かるやれる嬉しさ体の老化

夜は、天ちゃんがおいしい料理を作ってくれました。DSC05466


KBAは、多くの公共施設がコロナショックで使えなくなっていますのでいつもよりも利用者が多いようです。DSC05475
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まさか、こんな時に社会のお役に立つとは思いませんでしたが。

昨日も午前中バドミントンを楽しんで帰ってきました。DSC05477
2日目も今度は筋肉痛やらひざ痛で散々でした。でも、2日間バドミントンが出来たのが嬉しかったです。

KBAに別れを告げてラーメン屋さんでの昼食時の森ちゃんとの2ショットでお別れします。DSC05479
久しぶりのバドミントン後の昼飲みです。美味しい!

今日の曲は、Mr.Children 星になれたら


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