名城公園は、夏の花がきれいです。(つれづれジョギング IN 名城公園7月2016)

<今日の表紙>名城公園で見た「くちなし」の名前の理由
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花は咲いていませんが、クチナシの木です。DSC06735


一昨日、愛知県スポーツ会館で釧路から帰って初めてのバドミントンを久しぶりの暑い中、楽しみました。

2時間半ほどプレーしたころ、急に両足が太もも、ふくらはぎ、つま先まで重たくなって動けなくなりました。

ロビーに出てソファーに座ると、両足ともつり出しました。びっくりして一緒に練習をしていた消防士のO君に来てもらうと、脱水症状からの症状とのことです。この時期には僕が飲んだ量の2倍は水分補給をするようにアドバイスを受けました。

釧路で涼しい環境でバドミントンを楽しんだ後遺症かもしれません。(汗&笑)

症状が治まって、昨日バドミントンをする前に、様子見で、軽いジョギングを久しぶりに名城公園の木漏れ日が落ちるケヤキ並木のコースでしました。DSC06693


池の噴水が涼しそうです。DSC06696
塩辛トンボが池の石に留まっています。DSC06699


ジョギングコースのアジサイの道のアジサイたちはまだまだ元気です。DSC06702


途中、名城公園フラワープラザへ寄ると、花たちが歓迎してくれました。

鮮やかなユリです。DSC06704
黄色が眩しいメランポジウムです。DSC06722
葉っぱが鮮やかなコリウスです。DSC06719
白い葉っぱの白妙菊です。DSC06711
赤色が鮮やかなベゴニアの大群です。DSC06710
ブラックベリーも赤い実をつけています。DSC06721
可愛い花を咲かせているペンタスです。DSC06725


運動場では、草野球の歓声が聞こえてきました。DSC06738


コキアが珍しい風景を作っています。DSC06730


ジョギングのゴール付近で僕を待っていたのは、ムクゲです。DSC06736


ジョギングをしていた時間より花を見ていた時間のほうが長かったかも?

おかげで、足も痛くなく楽しいジョギングが出来ました。

  カラフルで 見てて楽しい ベゴニアと ユリにペンタス メランポジウム

ジョギングコースの脇でひっそりと佇んでいるツワブキでお別れします。DSC06723


今日の曲は、KOKIA 夢追人





昼は「花」で夜は「花火」(ぶれ花火?) 夏ですね!

<今日の表紙>VHSデッキの生産終了を伝える一昨日のネット記事
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国内で唯一VHSデッキを生産していた船井電機が7月末で生産終了を発表しました。

マニア相手に利益は確保していたようですが、部品の供給が採算ベースに合わず困難になり、やむなく生産中止です。

ベータデッキは2002年に生産終了していますので、頑張ったですね。

僕の若い時の仕事は、VHSと共にしてきた思い出がいっぱいです。

世の中の技術の進歩の象徴が映像技術です。

そして、夏を象徴しているのが花火です。

昨夜は、第40回春日井市民納涼祭りで7時半から花火大会がありました。落合公園から打ち上げられた花火を勝川のマンションで初めて見ました。DSC06631


音はかすかに聞こえる程度でしたので、まじかで見るよりも迫力はどうしても欠けます。DSC06659
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しかも、夜(暗い)、遠い(ズーム)でデジカメがぶれる。結論はシャキッとした感じでは撮れません。DSC06683
僕のデジカメはバカチョンですので。(汗)DSC06675


それなりの芸術作品「ぶれ花火」をどうぞ!DSC06665
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「ぶれ花火」も結構きれいです(主観的ですが)

  デジカメで 遠い夜空の 花火撮る ぶれてもきれい ぶれ花火かな

涼しい中で、じっくり見ると、最近の花火は、カラフルでいろいろな形があって楽しくなってきています。

「花火」を見ていて、昼間見た「花」を思い出しました。

花火に似た今が盛りの百日紅(さるすべり)の花です。DSC06623
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花屋さんで見た、花火に似たスーパーチュニアビスタ「ミニピンクスター」でお別れします。DSC06610


今日の曲は、Mr.Children HANABI


実兄の生誕25000日は今年の1月1日だった。(大橋巨泉さんの訃報に思うことつれづれ)

<今日の表紙>先日亡くなった大橋巨泉さんの人生訓のサイン
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すべてを取ろうと思うな!013


82歳で亡くなった大橋巨泉さんの人生哲学です。009
昨年5月16日のBS朝日の「インタビュー」からです。003


巨泉さんは、50代後半からマスコミの世界からセミリタイアをして、自分の生き方を貫いて人生を楽しんだという感じです。

82歳で亡くなったということが、僕としては印象的でした。091


彼は、1934年(昭和9年)3月22日生まれです。

僕の誕生日が1951年(昭和26年)3月23日ですから17年と1日先輩です。

7月12日に亡くなりましたので、生まれてから30064日目に亡くなったことになります。

やっぱり30000日をわずかに超えています。巨泉さんの30000日は、2か月前の5月10日でした。

おそらく、亡くなる2ヶ月前は30000日を認識できる状態だったでしょう。

ちなみに僕の30000日は、2033年5月11日です。

今は、「生まれてから何日」で検索するとサイトが出てきますので自分の生年月日を当てはめるとすぐに出てきます。

僕は、以前のブログで30000日は、誕生日の7日後だと書いていましたが、かなりの計算違いをしていました。

82歳になってからということは当たっていましたが(汗)

82歳まで生きることを目標にしている僕としては、巨泉さんは尊敬する先輩です。

このサイトによると、僕の25000日は、2019年9月2日(68歳)です。便利ですね。

68歳と言えば今年3月3日(25063日)に亡くなった僕の実兄は、昨日(7月22日)が誕生日です。009
(昨年6月のお墓参り)
生きていたら69歳になっています。25203日でした。

兄は、なんと、偶然ですが、いや生まれた時から決まっていましたが、今年の1月1日が、25000日目でした。

兄は、急死でしたので、今年の1月1日は、新年を祝ったことでしょう。拡大解釈すれば25000日を祝ったということです。

今日で、僕は23864日ですので、30000日まであと6136日です。

30000日まで生きたとしたら、どんな1日1日を過ごすのだろう?未来はわかりませんが想像するとわくわくします。

巨泉さんが亡くなってから数日は、巨泉さんの生きた足跡を偲んだ番組や記事が溢れていました。

残念ながら巨泉さんはその番組や記事を見ることができません。葬儀でも同じです。

マスコミも、生きている有名人の30000日記念日にその人の簡単な足跡をたどる番組を作るといいと思います。

そうすることによって、新しい日本人の文化として一般人が30000日を祝う習慣が生まれます。

以前、生前葬が話題になりましたが、30000日を祝うイベントの方がいいでしょう。

人が亡くなると、法事は49日や1周忌、3回忌と亡くなった日から計算した行事が一般的です。

生きているときは、誕生日から計算した行事が普通です。

兄が亡くなったせいでしょうか、昨日が兄の誕生日だったということを寝る直前まで忘れていました。

1948年(昭和23年)7月22日生まれの人は来年の1月1日が生誕25000日です。

  祝おうよ 3万日を 生きてきた 八十二歳と 四十九日

昨日、花屋さんの入り口前で見かけた名古屋朝顔(つるなし朝顔)でお別れします。DSC06605
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今日の曲は、玉置浩二 メロディー






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